August 24, 2016

クリントン基金を通してクリントンの国務庁に流れた莫大な賄賂

国務長官時代のヒラリー・クリントンと会見した政府関係者以外の半分以上の人々がヒラリーの夫、ビル・クリントンが設立した表向きは慈善事業のクリントン基金に寄付していたとアソシエイテッドプレス(AP)が報道している。

APの調査によれば、ヒラリー国務長官に面会した半数以上の人々が個人的にもしくは企業や団体として、一応表向きは慈善事業ということになっているクリントン基金に寄付していたという。公式業務上での会見ならクリントンに会うために基金に寄付をする必要などない。普段クリントンと面会不可能な人々が寄付した途端面会が許可されるというならこれは完全な政治献金であり賄賂である。まさしく職権乱用だ。このようなことを次期大統領を目指す人間がやっていたとなればこれは大問題である。

APはクリントンの面会者名簿とクリントン基金への寄付者名簿を照らし合わせ、どれだけの重複があるかを調べた。それによるとヒラリーが国務長官時代に電話や直接会って会話をした154人のうち85人までもがクリントン基金に寄付をしており、その金額もそれぞれ10万ドルから百万ドルで合計すると1億5千6百万ドルになる計算だ。

ヒラリーとの会見を授けられた中にはバングラディッシュ政府から自分が経営する非営利銀行からの辞任を迫られていた世界的に有名な経済学や、ビサ問題で困っていたウォールストリートの重役や大手化粧品メーカーのエステーローダーの重役など。基金への寄付自体は違法ではないが、もし寄付とヒラリー国務長官との会見が直接関係あったとすれば政治献金と疑われても仕方ない。

APの調査には外国政府の外交官や高官は含まれて居ない。外国政府高官と会見するのは国務長の職務のうちだからであるが、それでも少なくとも16人の外国政府高官が合計で同基金に1億7千万ドルの寄付をしている。何故彼らがクリントン基金に多額な寄付をしたのかは不明。もしクリントンがアメリカ政府の政策を賄賂を払った諸外国に都合のいいように変えていたとしたらこれは大問題である。もっともヒラリーの夫ビル・クリントンの時代にもクリントン前大統領が中国への方針を変えた過去があるので、ヒラリーがそうしたとしても不思議でもなんでもない。外国政府から多額の献金を受け取ったことが政策に何の影響も及ぼさないと考えるほうがおかしい。

これについて共和党の大統領候補ドナルド・トランプは「クリントンは公僕として全く適さない」ちと批判。「どこまでがクリントン基金でどこからが国務庁なのかの区別をつけるのは不可能だ。クリントンが公式な地位を悪用して私服を肥やすために基金を設立したことは間違いない。」とテキサスの演説で語った。

基金の会長であるビル・クリントン前大統領は、ヒラリーが大統領になった際は自分は基金からは辞任するといっている。あたりまえだ。大統領の夫が経営する基金なんぞが存在すれば企業にしろ市民団体にしろ外国政府にしろ、ヒラリーとの交渉は常に賄賂が必要と言っているのと同じだ。

しかし今更ビルが辞任してみても創設の2000年からすでに6000を超える寄付者による2兆ドルを超える寄付金がなくなるわけではない。一体彼らは何の目的で献金し、どのような見返りを得たのであろうか?いや、ヒラリーが大統領になることを見越して献金した人々へのお礼はこれからなのかもしれない。だとしたらヒラリー政権の方針はこれら献金者への方針ということになってしまう。

August 24, 2016, 現時間 3:00 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 23, 2016

裁判官、オバマ王のトランスジェンダートイレ使用命令を阻止

オバマ王が全国の学校区においてトランスジェンダー自称の生物学的な男子に女子施設の使用を許可せねばならないとした命令について、連邦法のタイトル9に触れる違憲であるとしてテキサス州並びに他の州が訴えていた訴訟で、先日月曜日(8・22・2016)連邦裁判所はオバマ命令を一時的に差し止める判決を下した

連邦地方裁判所のリード・オコーナー裁判官はタイトル9と呼ばれる連邦教育法の性別定義はあいまいではなく、生物学的及び体質的に男子と女子の性区別を生まれた時点におけるものと明確にしているとと判決を下した。

タイトル9というのはアメリカの教育界における男女差別を禁止する法律である。トランスジェンダー運動家はよくタイトル9を口実にしてトランスジェンダー差別をするなと称えるが、この裁判官の判決によればタイトル9において男女の区別は生まれつきの性別ときちんと定義付けられているというのものだ。

この判決は全国の学校区に当てはまるものであり、トランスジェンダー生徒の権利や方針とは無関係で、連邦政府は学校区にトランスジェンダートイレ法を強制する権限がないことを意味する。

女子生徒のプライバシーを守ろうという運動にとって、この判決は最近二度目の勝利である。今月最初、バージニア州の学校で自称男子のトランスジェンダー生徒による男子施設使用について学校側が禁止する権限があるという判決が連邦地方裁判所で出たばかり。

オコーナー裁判官は共和党の州政権の、オバマ政権が5月に出した命令について学校側の意見を尊重すべきだという主張にも同意した。

この判決が新学期の始まる9月前に出すことは非常に重要だった。なぜならば、オバマ政権はオバマ命令に従わない学校区から連邦資金の配布を差し止めると脅迫していたからである。テキサス州の政治家らはオバマ王は法律を自分勝手に書き換えようとしていると怒っていたが、一応今のところ裁判官はそれに同意した形になる。

しかしこの法律は個別の学校がトランスジェンダー生徒の異性施設使用を禁止するものではない。ただ、連邦政府にはその命令権がないというだけ。しかも一時的な差し止めというだけなので、この先どういうことになるかは解らない。だが、トランスジェンダートイレ法という狂気的で邪悪な法律を完全に永久的に廃止する第一歩として歓迎したい。

ところで関連するニュースで、今年の4月に自称トランスジェンダーが好き勝手にトイレや試着室を選べる方針を実施した大型小売店チェーンのターゲットで異変が起きている。同チェーンは最近2千万ドルをかけて全店に男女共用個室トイレを設置すると発表した。あきらかに異性と一緒にトイレなど使いたくないというバックラッシュへの対応である。ターゲットの4月の発表から、不買運動には1400万人を超える署名が集まったが、実際に不買を決め込んだ客の数ははるかに多いと見え、売り上げ自体ががた落ちという大打撃を受けているのだ。

それでもターゲット側はトランスジェンダー方針を変える気はないと強気。ただ、この方針に賛成な人も反対な人もいることは確かであり、双方の意見に耳を傾けているとターゲットのスポークスマンはいう。個室トイレはすでに1800あるうちの1400の店に存在するとのことで、2017年までにそれをすべての店に設置する計画だという。

ターゲットの三ヶ月ごとの売り上げは7.2%減、顧客の数も最近二年間で始めての減少という悪影響が出ている。

トランスジェンダー方針を実施しているのはターゲットだけではない。4~5年前からトランス方針を実施しているメイシーズ百貨店では女子トイレを使用している女装男性を追い出した警備員や、女子試着室を使おうとした男性を拒否した店員が解雇されるという事件が起きたりしていた。メイシーズは最近経営不振で多数の店を閉める発表をしたばかり。トランス方針とは無関係かもしれないが方針が店のイメージを上げなかったのも事実。

August 23, 2016, 現時間 2:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 20, 2016

ブッシュのときと大違い! ルイジアナの水害を無視してゴルフするオバマに興味ないメディア

11年前にハリケーンカトリーナで大被害を受けたルイジアナ州がまたひどい洪水に見舞われている。今回の洪水は2012年のハリケーンサンディに次ぐ大被害広がっているが、オバマ王は休暇中でゴルフに忙しく、まるで地元の災害に気を配っていない。民主党候補のヒラリーもまだ地元訪問どころかルイジアナ洪水について何の演説もしていない。ブッシュがカトリーナのときにすばやく対応したブッシュ大統領を不当に何もしていないと責め立て、地元訪問は救済の邪魔になるからとヘリコプターで空上から視察をしたブッシュを市民の気持ちを理解していないとかなんとか散々批判したメディアはオバマやヒラリーのこのそっけない態度にまるで無関心だ。

そんななか共和党候補のトランプは副大統領候補のペンスと一緒に2~3日前から被災地を訪れ救援物資を配るなどのボランティア活動を行ないルイジアナ知事にも感謝されている。トランプはここでかなりの点を稼いだようだ。

トランプに先を越されたオバマはようやく重い腰を上げてルイジアナ訪問を計画中だとか。

まったくメディアのダブルスタンダードには呆れるね。

August 20, 2016, 現時間 7:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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アメリカ水泳選手たちの強盗被害はでっちあげではなかったと思う理由

先週、リオのオリンピック水泳リレーで金メダルを獲得した「ライアン・ロクテ選手ら4人のアメリカ競泳代表選手は、14日未明にリオ市内でタクシーに乗っていたところ強盗に襲われ、財布と所持品を奪われ」たという話しが世界中で報道された。ところが一昨日になって、ブラジル当局は四人の証言にはつじつまの合わないところがあり、虚偽の被害届を警察に出した恐れがあるとし事情聴取のため四人のパスポートを一時押収し出国を阻止する意図を表明した。チームリーダーのロクテ選手ともう一人はすでに帰国していたが、残った二人は搭乗していた飛行機から下ろされて警察に連行された。

この時点でアメリカのメディアも含め世界中のメディアは選手たちの話は嘘だったと決め付けそのように大々的に報道した。

警察によりますと、4人は14日、パーティからの帰りに、警官を装った強盗に銃を突きつけられ、財布などを奪われたと訴えていました。しかし実際には、4人はその日、立ち寄った市内のガソリンスタンドでトイレのドアや鏡などを壊す騒動を起こしていました。そして、不審に思って駆けつけた警備員2人に銃を突きつけられ、経営者に壊したトイレなどの修理代として100レアル紙幣と20ドル紙幣、あわせて5000円相当を渡したということです。

リオで拘束された二人より一足先に帰っていたロクテ選手は、アメリカで受けたテレビインタビューでもまだ強盗被害にあったことは事実だと主張していた。ただ、リオのガソリンスタンドでの監視カメラのビデオが発表されたこともあってか強盗にあったのはハイウェイではなくガソリンスタンドだったと話しを訂正した。

ロクテ選手の当初の供述では、四人がパーティーの帰りにタクシーに乗って選手村に向かっていた深夜、道端で警察官のような格好をした四人の男らによって車を止められ、銃を頭に突きつけられて金品を奪われたということだった。が、後に受けたアメリカのテレビインタビューにおいて話した内容は少し違っていた。ロクテによると、パーティーの帰りにタクシーに乗り、タクシーがガソリンスタンドに止まった時みんなでトイレに行った。トイレからもどってタクシーの運転手に「行け」と指図したが運転手は行こうとしなかった。突然警察官のような男に銃を突きつけられ金品を奪われたと訂正した。頭に銃を突きつけられたと言ったのは誤りで、実際には自分たちの方向に銃を向けられたというものだった。しかし、細かい事情の食い違いはあるにせよ、強盗にあったことは意実である。強盗にあって気が動転していたので詳細を間違えただけだとし、そしてそんなことをでっち上げたりはしないと主張していた。

ガソリンスタンドの監視カメラのビデオには、四人がトイレに入ってからタクシーに戻る映像が写っているが、トイレのある場所は監視カメラの視覚外であるため四人がトイレを壊した映像はない。四人がタクシーに乗りこむと、警備員が車に近寄り窓から選手らに何かを言っているのが写っている。四人は車から降りると、それぞれ財布からいくらかの現金を出して警備員に渡している姿が写っている。

本日になってアメリカ選手らは1万ドルの罰金を払うことで釈放され出国を許可され無事帰国した。ロクテはソーシャルメディアで公式に謝罪表明をするに至った

ロクテ選手は19日、自身のSNS(=ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でコメントし、「私の説明が慎重さと率直さを欠いていたことを謝ります」、「もっと責任感をもって行動すべきでした」と謝罪した。

どうもこの話はうさんくさい。カカシにはロクテ選手が強盗被害をでっち上げたというのは、それこそブラジル側のいいがかりなのではないかという気がするのだ。だいたいからして今回のリオのオリンピックは開催前からリオの治安の悪さや環境の汚染やズイカビールスの感染などが問題とされており、空港からオリンピック会場までの道で開催事前に訪れた選手団のコーチや委員会の人員や外交官が強盗にあったという話しがたくさん報道されていた。ロシアの外交官が渋滞で車が止まっているところに銃をつきつけられて、柔術を使って強盗の銃を奪い取り射殺したなんて事件もあった。開会式の翌日に警備員が道を間違えて路地に入り込み射殺された事件もあった。開会後も報道陣の携帯やパソコンの窃盗は日常茶飯事で、警察官がきちんと給料を払ってもらっていない状態なので、会場での警備体制もなっておらず、観客の入場に一時間以上も待たされるのはざらだという話だった。報道陣の乗ったバスに流れ弾が飛んできたなどという話もあった。事実この事件の直後にイギリスの選手が強盗に合っている。

そういう状況の中でアメリカ選手たちの被害の話はブラジルにとって非常に面子のつぶれる事件だった。聞いた話では、ロクテ選手らは被害にあったことをオリンピック協会の委員に報告し、地元警察から事情聴取されたとある。だが被害はそれほど大きくなかったことでもあり、そのまま穏便に済まそうという合意がされたという。ところがロクテ選手はその足で外に居た報道陣に強盗に合ったと自慢げに話しをしてしまったため、話はどんどん膨らんで大々的に報道されてしまったらしい。

私はブラジル当局がアメリカ選手を拘留した時点で、これは身代金目当ての脅迫だと感じた。なぜならたとえ四人の行動がブラジル当局のいうような状況で起きたとしても、たかがガソリンスタンドのトイレ扉を壊した程度のことだ。しかも賠償金はその場で払っている。確かに警察に嘘をついたという事実があったとしても1万ドルもの罰金を課すほどの罪か?どうせすぐに帰国してしまう外国人だ、せいぜい1000ドルくらいで勘弁してやってもいいではないか。

だがここでロクテ選手の証言が正しいと仮定しよう。問題になったビデオでロクテ選手の証言と矛盾することは何もない。ガソリンスタンドのトイレのドアや鏡を壊したというのはガソリンスタンドの従業員の証言であり、これらのものが壊れていたのは事実としても選手らが壊したという証拠はない。トイレは監視カメラの視覚外なのである。

警備員が銃を持っていたことも警備員が銃を抜いて選手らに外に出るように命じたことも双方が認めている事実である。警備員やガソリンスタンドの従業員が何を言っているのかビデオではわからないが、もし彼らがポルトガル語で話していたとしたら、選手らには何が起きているのかよく理解できなかっただろう。なにしろパーティーの帰りでちょっと酔っていたことでもあるし、突然銃を突きつけられたら動揺するのは当然のことだ。

仮に警備員が「トイレのドアを壊しただろう、弁償しろ!」と言っていたとしても、それが選手らにちゃんと伝わったかどうか解らない。単に金を出せといわれただけだと解釈しても当然のことだ。

ということは、選手らにとっては当初の話しのように「パーティの帰りにタクシーに乗っていたら突然警察官のような格好をした男に銃を突きつけられて金を奪い取られた。」というのは全くの事実だということになる。被害にあったのが道の真ん中であろうとガソリンスタンドであろうと誤差の範囲である。

ロクテの「謝罪文」を読んでみても、ロクテは「嘘をついて申し訳ない。」とは言っていない。「慎重さと率直さを欠いていた」とか「もっと責任感を持って行動すべきだった。」と言うあいまいな言葉使いで、いったい何を謝っているのか不可解な謝罪だ。チームメイトがブラジルの留置場に拘束されている以上「自分は嘘はついていない、本当に被害にあったのだ」と主張する自由などロクテ選手にはなかったはずである。とにかく他の選手たちが無事にアメリカに帰ってくるまではロクテもやたらなことはいえなかったはずだ。だからこの謝罪は脅迫されたうえでの謝罪であり全く意味がない。

思うにブラジルは度重なる不祥事に非常な屈辱を感じていた。だからアメリカ選手が強盗被害にあったという事件が大々的に報道され恥の上塗りとなり面目丸つぶれになったことに腹を立てていたのだ。ロクテ選手の証言にちょっと穴があったことから、ブラジル当局はトイレのドアの話をそれこそでっち上げて、アメリカ選手たちから身代金を取り立てようとしていたのだ。拘束された二人はとにかく帰りたい一心で大抵のことなら認めるに違いないと踏み、罰金にしては高額すぎるが身代金としてはまあまあな程度の1万ドルの要求をしたものと思われる。

ロクテ選手の過ちは、最初にオリンピック委員会の職員と警察との間で穏便に済まそうと合意したことを無視してべらべらとメディアに話してしまったことにあるのだ。たいした事件ではなかったのだから黙っていればよかったのである。そういう面では確かにもっと責任ある行動をとるべきだっただろう。

August 20, 2016, 現時間 1:21 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 13, 2016

トランプの暴言はトランプの支持率を下げているのだろうか?

ヒラリー・クリントンの腐敗しきった本性が、漏れたメールやFBIの捜査などであかるみに出るにつけ、ネバートランプの勢いは失せ始めている。どうしてもトランプには投票しないと息巻いていた人々も、ヒラリーが政権を握った場合の恐ろしい未来を考えると、鼻をつまんでもトランプを支持しなければならないという気持ちが強くなってきているからだ。だが、そういう人々にとって毎日のようにメディアに取り上げられるトランプの「暴言」は非常な苛立ちを覚える。

保守派評論家で反トランプのベン・シャピーロなどはメディアが反共和党候補なのは当然のことなので、メディアに揚げ足を取られないようにトランプはもっと気をつけるべきだと批判している。同じく保守派だがヒラリーよりはマシという理由でトランプ支持のヒュー・ヒューイットはラジオのインタビューで、もっと一般市民に受け入れらるような言葉使いをすべきなのではないかとトランプに質問(というより教授)したりしていた。

しかしヒューイットの番組に次の日にゲストに来た社会学の大学教授が、「トランプが言葉使いを変える必要はない、トランプはあのままでいいのだ」と発言し、ヒューイットを驚かせていた。そしてその時、カカシもまた、トランプはこれでいいのではないだろうかと思うようになった。

ここ数日、反トランプのメディアが「問題」にしたトランプの発言を三つほどひろってみる。ひとつは民主党大会でアメリカ軍人としてアフガニスタンで戦死したイスラム教徒の両親カーン夫妻が壇上に立ち、父親が「トランプはアメリカ憲法を読んだこともないのではないか」と批判した。翌日トランプは「父親だけが話して、母親はそばに立っているだけで何もいわなかった。言わせてもらえなかったのかもしれないが」というようなことを言った。このことをメディアはトランプがイスラム教徒の女性は男性の前で発言権が無いと示唆したのであり、反イスラムの人種差別だと批判した。

左翼リベラルがトランプの挙げ足を取るのは当然としても、保守派の間からも戦死者の親を侮辱するとは何事かと批判が生まれた。イスラム教徒を無差別にアメリカに移民として受け入れることは危険だ。トランプの姿勢はテロ活動の活発な危険な国からの移民は規制すべきだというもので、それは決してアメリカの憲法違反ではない。だからそういうふうに反論すればよかったのに、奥さんには発言権がないのではないかなどとくだらないことを言うな!といったように。

二つ目は、トランプが演説中にヒラリーが大統領になったら国民の銃法所持権利が迫害されるだろう、だがそれは憲法補整案第二条(国民の銃所持を法律)支持派の人々は黙っていないだろう。そうなったら大変なことになる。という発言をした。これを主流メディアはトランプは銃所持者にヒラリー・クリントン暗殺を煽っていると報道した。トランプがそんな意味で言っていないことなど文脈を見れば容易にわかるのに、メディアはわざとそれを歪曲してトランプがヒラリー暗殺を称えたと何日も言い続けたのである。

三つ目は、オバマ政権のイラク撤退についての演説で、トランプがオバマがイスラム国の創設者であり、ヒラリーはその第二創設者だと語った。ラジオトークショーのヒューイットはトランプとのインタビューでアメリカがイラクから撤退したことで生まれた穴にイスラム国が生まれたという意味だろうとトランプの言葉使いをただそうとしたが、トランプはオバマこそがイスラム国の創設者だ、フットボールなら最も大事な選手だ、と息巻いて前言を撤回する気をみせなかった。

こういうトランプの態度は、もともとトランプに友好的な態度を持っていない右翼保守の批評家たちにとっては非常に苛立ちを覚えるものだが、ベン・シャピーロなどは毎日のように自分のポッドキャストで「良いトランプ、悪いトランプ」と称して、トランプにはいいアイディアもあるのに変なことを言って台無しにしていると批判している。

カカシがトランプを嫌っているのは読者諸氏なら十分にご存知のことではあるが、私は昨日ふと思ったのである。トランプのこうした「暴言」はメディアや反トランプ保守派が言うほどトランプを傷つけているのだろうかと。

トランプが共和党候補として立候補した一年ちょっと前、誰もトランプを真剣に取り扱わなかった。トランプはビジネスマンとしてはアメリカでは有名で歯に衣を着せない毒舌家としてリアリティーショーなどでも人気ものだったが、政治家としてはド素人。普通の政治家なら気をつけて物をいうところを、ポリティカルコレクトネス(PC)なんぞなんのその、人種差別だ男尊女卑だのと言われようがどうしようが、頭にうかんだことをまるで自己規制せずに発言するトランプ。トランプは普通の政治家が言ったら政治生命が終わってしまうようなことでも平気で発言し、それが選挙運に動悪影響を及ぼすどころか彼の人気をどんどん上げてしまった。

だったら今更トランプが気をつけて口を慎む必要があるのだろうか?

共和党予選中はヒラリーに対して最も勝つ可能性がない(と思われる)候補者をメディアが応援したというのは事実だ。フォックスは比較的親共和党で特に親トランプだが、反共和党で反トランプの他局でもトランプの傍若無人ぶりは視聴率を上げるという理由もあっておもしろおかしく取り上げていた。おかげでトランプは普通の候補者が何億ドルという莫大な金額を出しても広告しきれないほどのメディア報道の恩恵を無料で得たのである。

しかし一旦共和党候補になってしまうと、反共和の主流メディアはこれまでのようにトランプを持ち上げなくなる。それどころか最近の反トランプ報道はかなりひどいものがある。CNNやMSNBCの政治討論番組では評論家は親クリントンの左翼リベラルばかりで、たまに保守派のゲストが招かれても、クリントンのEメイルやクリントン基金のスキャンダルについて言及しはじめると中継なら映像を切り替えたり、スタジオゲストの場合はマイクを切ったり、ホストがゲストに何も言わせないように立て続けにしゃべったり(時には怒鳴るつける)やり方で反クリントン意見を徹底的に弾圧している。

アメリカメディアはクリントンに焦点を当てるとスキャンダルばかりなので話題をそらすためにトランプの発言をひとつひとつ取り上げては「問題発言」として何日も否定的な報道を続けている。しかし、私にはこのメディアの反トランプキャンペーンがそれほど効果を挙げているようには思えない。いや、かえって逆効果になっているのではないかとさえ思えるのだ。

トランプは常にメディアは自分に対して不公平な報道をしているといっている。トランプファンでなくても左翼リベラルでなければそれはあまりにも明白だ。それに対してメディアは毎日のようにトランプの揚げ足取りの報道を続けている。もともとメディアに対する信用度など地に落ちている昨今、こういう報道が続けば続くほど、真実を語っているのはトランプだけだという印象を人々に与えるのではないだろうか?

特に左翼リベラルが一般市民に強制しているPCな言論規制には多くの人々がうんざりしている。そんななかで、PCおかまいなしのトランプが『イスラム教徒はアメリカに危険をもたらす、『違法移民の無制限な受け入れはアメリカの経済にとってよくない』などと言えば、よくぞ言ってくれた、という気持ちにはなっても、トランプは言葉使いを気をつけるべきだ、というふうにはならないだろう。それをメディアがトランプはこんなことを言った、あんなことを言った、といちいち問題にしたら、それこそ『何が悪いんだ!、そのとおりじゃないか!』という意見が増えるのではないだろうか?そしてそれがかえってトランプ支持につながるのではないだろうか?

ヒラリー・クリントンの選挙運動は金にものを言わせて何百万ドルのテレビ広告費を使っているという。それにくらべてトランプは一銭も使っていない。まるでテレビ広告を出していないのだ。にもかかわらずトランプは毎日のようにテレビに顔を出して話題になっている。否定的な報道ばかりかもしれないが、それが本当に否定的な結果を及ぼすのかどうかわからない。もしかすると主流メディアは意に反してトランプ応援運動に加担しているのではないだろうか?

今後ヒラリーとトランプの支持率がどう動くか見ものである。

August 13, 2016, 現時間 2:18 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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August 6, 2016

弱さを武器にする犠牲者中心議論の言論弾圧、肥満は身体障害じゃない!

よくユーチューブに掲載される若者たちによる訴えを聞いていると常に「自分は犠牲者なのに周りがいたわってくれない」というものばかり。はっきり言って「大人になれ!」と言ってやりたいものであふれかえっているが、特に最近目につくようになったものにファットシェイミング(Fat Shaming 肥満を辱める行為)というものがある。要するに太っている人は周りから白い目でみられたり、あざわられたり、ひどい時は、赤の他人から写真やビデオに撮られてユーチューブに挙げられたりして、太っていることを辱められる行為という意味。

確かに他人の容姿を馬鹿にしたりあざ笑ったりする好意は不謹慎であり失礼である。だが、他人の気持ちを傷つける行為は慎むべきだという単なる礼儀の問題が、ビキニモデルの街頭ポスターやフィットネス専門家の「運動しよう」という呼びかけや、医者が肥満は不健康なので痩せる努力をすべきだと忠告する行為まで「ファットシェイミングだ!」と言って弾圧しようとなってくると話は別。

最近は太っていることと不健康とは関係ないと主張して極太りの女たちが何重腹の肢体を丸出しにしてビデオブログで掲載するのが流行っている。こういう女たちは「デブは美しい」と主張し、自分らの身体に自信があるとか誇りに思うとか意って肥満を正当化し世間に受け入れさそうとしている。そしてそういう行動は不健康だと批判する人間を実際に失礼なだけの連中と一緒くたにして「ファットシェイミングだ!」と糾弾するのだ。

スポーツイラストレイテドというアメリカの人気スポーツ月刊誌が、ちょっと前にプラスサイズのビキニモデル、アシュレー・グラハムを表紙に掲載したことで話題になった。全国の肥満女性たちから同雑誌が肥満女性でも美しいということを認めたとして絶賛されたが、その当のモデルが最近公開した写真が「痩せすぎ」だとして元ファンという女性たちの間から非常に憎しみに満ちた(ヘイトメールだあ!!)メールが殺到。左翼リベラルは何かと右翼保守や常識人に対してジャッジメンタル(すぐ善悪で判断をする行為)だと批判するが、自分らこそ何かと他人をすぐ善悪で判断する。

メールの内容は、『プラスサイズの見本として尊敬していたのに、そんなに痩せるなんて裏切りだ、もうファンはやめる、この糞女!』とか『そんなに痩せてプラスサイズの代表とかよく言えるな!』とかいったもの。言葉使いはもっとひどいが、まあこのへんにしておく。

あまりの批判に当の本人は「写真の構図から痩せて見えるだけ。私は1ポンド(0.45kg)も痩せてない、と説明するに至った。

アシュレー自身が実際に痩せたかどうかは別として、他人が太っていることを批判するのはいけないと大騒ぎする連中が他人が痩せたことを批判するというのはどういうことか?どんなサイズでも美しいというのが彼女たちの主張ではなかったのか? これでは肥満を受け入れろというより、肥満以外は受け入れられないという姿勢になってしまう。

太った人は色々な意味で不便なのはわかる。飛行機やローラーコースターの座席など、標準体型の人にはわからない苦労があるだろう。だが、それをいうなら色々な障害のある人たちが苦労することとそう変わらない。ただ、病気や怪我で身体障害になった人たちと違って肥満の人には痩せるという解決策がある。肥満はある意味で個人の選択だ。選択の余地のない身体障害者たちと一緒にすべきではない。

そんなことをいうと、カカシさんは太ってないから太った人の気持ちが解らないのだ、誰も好き好んで太ったわけじゃない、と言う人があるだろう。実は私がこのブログを書き始めた10年前くらいまで私はかなり太っていた。ま、アメリカの超肥満のひとたちから比べたらそれほどでもなかったが、日本の標準体型から行ったら何十キロもオーバーしていた。その後ダイエットと運動でかなり痩せ標準体型に近づき、それを9年くらい保っている。それでも未だに痩せているとはお世辞にも言えないオバサン体型。

私自身、何も好き好んで太っていたわけではない。ダイエットや運動にも自分では励んでいるつもりだった。だから、毒舌家の母から「カカシちゃんは太ってるわねえ、そのお尻なんとかならないの」とか散々言われてものすごく腹が立ったものだ。ファットシェイミングというなら我が母なんぞはファットシェイミングの女王様である。

太っていた過去があるから言わせてもらうが、やり方によって痩せることは可能だ。それは決して簡単ではないし今でも現状維持にはものすごく苦労している。だが、自分が太っていることに満足することは決して健康的なことではない。『私は太っていても美しいのだ、『私は太っている自分を祝福し誇りに思うのだ、『私はありのままの自分を愛するのだ』という考え方は一見、向上的な考えのように見えるが、実はそれは努力をしたくない人々の「あきらめ」でしかない。

それでも、もし肥満が多々の病気を誘発するものでないのであれば、本人が満足ならそれはそれでいいかもしれない。だが、現状では、標準体型でないことで起きる障害を避けることはできないし、いくら「デブは美しい」と言ってみても、標準体型(よって健康体の象徴)を最も美しいと感じる原始時代からの人間の本能を変えることも出来ない。自分は肥満でいいのだと自分で決めた以上、他人から受ける批判も覚悟の上ですることが必要だ。自分の態度を改めずに、痩せようと努力している人を責めたり、フィットネスや医療専門家のアドバイスをファットシェイミングだからを止めろとか、周りに肥満を美しいと認めろとか要求するのは自分勝手な被害者論理だ。

左翼リベラルによる他者弾圧は常に弱さを武器にしたやり方だ。常識人なら普通に持っている弱者への思いやりを悪用し、弱者を特別扱いしないのはお前が冷血人間だからだ、と相手の良心に訴えて相手が黒人差別者だとか同性愛差別者だとか女性差別者だとか言われるのを恐れることを狙って相手の言論を弾圧しようとするのである。

犠牲者をきどった弱者の横暴は大嫌いだ!

August 6, 2016, 現時間 1:40 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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押し迫るファシズムの波、ヘイトスピーチという言論弾圧

この間日本で選挙運動中にヘイトスピーチという言葉をよく聞いた。それで日本の諸氏にも政治演説の内容をヘイトスピーチと決め付けることがいかに危険なことであるか、多少なりともお分かりいただけたのではないかと思う。政治言論こそが言論の自由の権利において第一に守られなければならない言論だ。既存の政権に反する意見が守られなければこれは独裁政権としか言いようが無い。しかし一応民主主義とか自由社会とか言っている国々でも純粋な意味での言論の自由が完全に守られている国など存在しない。世界で最も自由と言われるアメリカですら、最近の左翼リベラルによる右翼保守への言論弾圧は日に日に厳しくなるばかりである。その典型的な出来事が最近起きた。

先日アメリカの公正な労働条件を規定する政府機関、EEOCが独立戦争当時にデザインされた伝統的なガッズデン旗(Gadsden Flag)が黒人差別の象徴として規定する可能性があるという記事を読んだ。黄色地にガラガラ蛇がとぐろを巻いた絵の下に「踏みにじるな」(DONT TREAD ON ME)と書かれているこの旗のデザインはアメリカが植民地時代に対イギリスへの抵抗の印として描かれたもの。軍隊、特に海兵隊などが好んで使っているが、その他にも色々な団体が独裁政権に対する抗議の意味で使用することが多く、最近では右翼保守のティーバーティーの会合でもよく見られた。オーランド乱射事件直後には黄色地を虹色にしてゲイコミュニティーでも対テロの銃愛好家らによって使われた。

なぜこの旗が黒人差別ということになるのか。ことのきっかけはとある企業の黒人従業員が同僚の被っていたガッズデン旗絵柄の帽子が黒人差別だと言い、この帽子の着用を禁止しなかった経営者に責任があるとEEOCに苦情を訴え出たことからはじまる。黒人従業員はガッズデン旗のデザイン主は奴隷承認で奴隷所持者だったことから旗は黒人差別の象徴だと述べたのである。EEOCはこの馬鹿げた訴えを却下するどころか白人崇高主義者らによってデザインが使われた過去もあるので、この問題は吟味する必要があると述べたのである。

奴隷所持者によって作られたものが全て黒人差別だということになるなら、アメリカの憲法執筆者の半数が奴隷を持つ地主だったことはどうなるのだ?アメリカ憲法もすべて黒人差別だとでも言い張るのか?ま、左翼リベラルならいいかねない理屈だが。それに一部の人種差別者が勝手に使ったからと言ってデザインそのものが黒人差別の象徴になるという理屈はおかしい。

この旗をデザインした人間がたとえ黒人差別者だったとしても、旗の主旨は黒人差別が目的ではない。旗が象徴するものは政権に対する独裁への批判だ。国民の権利を踏みにじるなという意味だ。もし政府機関のEEOCがガッズデン旗の着用を禁止するなら、それは政府独裁への批判という政治言論を禁止するのと同じである。それこそまさにガッズデン旗がの訴えるところだ。

この訴えの本当の目的は黒人差別廃止などではない。ガッズデン旗の禁止はまさに独裁政権への批判という政治言論を弾圧することにあるのだ。

August 6, 2016, 現時間 9:28 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 30, 2016

アメリカ民主党の真髄を突く「ヒラリーのアメリカ」

最近右翼のマイケル・ムーアとか言われているデニーシュ・デスーザ監督のドキュメンタリー・ドラマ映画が話題を呼んでいる。デスーザは元々は社会学者であり、作家でもある。彼は以前にも「オバマのアメリカ」とか世界にアメリカが居なかったらという「ワールドウイズアウトアメリカ」などの映画で名声を得ている。

今回は今年秋の大統領選挙を目前にヒラリー及びヒラリーが代表する民主党の人種差別に満ちた恐ろしい過去の歴史に焦点を当てた「ヒラリーのアメリカ」という作品だ。無論左翼だらけの映画評論家の間では過去を歪曲した偏見に満ちた映画とか言われてさんざん叩かれているが、観客からの評判は非常によく、こういう映画では難しい一般公開に先駆けた限定公開だけでも2016年公開のドキュメンタリーでは最高の売り上げを上げている。

映画はデスーザが選挙献金法違反で禁固刑になったところから始まる。こんな軽い法律違反で禁固刑など前代未聞だが、保守派が左翼政権を批判すると見せしめとしてこうなるといういい例だろう。これをきっかけにデスーザはいかに民主党が人々の言論を弾圧しているかという話から映画を始めるのだ。

一応ドキュメンタリーということになっているが、デスーザが刑務所で囚人と話している場面や民主党の事務所訪問で事務員と話したりしている部分は再現ドラマ。デスーザがインタビューした保守派評論家やテレビのニュース映像などで出てくる実物の人物を除いて他の登場人物はすべて俳優である。

詐欺で捕まっている囚人が詐欺のやり方を説明する部分では、ヒラリーのやっていることは大掛かりな詐欺なのだというメッセージと重なる。ヒラリーが若い頃の運動とか、それ以後のヒラリーの腐敗した過激な左翼政治活動など非常に面白い描写が続く。

だが、映画はアメリカの歴史をさかのぼって、アメリカの人種差別が実は民主党のよって行なわれたものであるという歴史紹介に変貌する。これはこれでいいと思うが、ちょっとお説教ぽくて、しかも長々と続くので注意を惹きつけるにはやりすぎではないかという気がした。確かに民主党こそが奴隷制度の政党であり、ジム・クローなどの黒人差別法を作り、差別法を失くそうとする人権運動に何かと反対してきたのも民主党だったという歴史上の事実を紹介することは効果的ではあるが、映画はヒラリーのアメリカなのだから、もっとヒラリーに焦点を当てるべきだったのではないかという気がする。

デスーザは自分が右翼保守であり共和党指示であり反ヒラリー・クリントンであることを全面的に押し出してはばからない。その点左翼リベラル丸出しのマイケル・ムーアと似てはいるが、ムーアのように不誠実で虚偽な描写はまるでない。

デスーザの最初の映画「オバマのアメリカ」はアメリカのドキュメンタリー映画における売り上げナンバー2で、3千3百4十万ドル。それでもナンバー1をとった左翼映画監督のマイケル・ムーアの「華氏911度」の1億1千9百万には足元にも及ばないが。今回のヒラリーのアメリカがデスーザの自己最高記録を越えることが出来るかどうか非常に興味深い。

July 30, 2016, 現時間 12:27 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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人種に関する色盲は人種差別という不可思議な議論

最近人種に関するエントリーを書くことが増えて気づいたのだが、私のブログのカテゴリーには「人種」というものがない。なぜかというと、それだけ私自身、「人種」というものに気を取られることがないからである。だが最近になってユーチューブなどで本当の意味での人種差別など全く体験したことがないような若い世代が、人種人種と騒ぐようになり、そのなかでも目だって聞こえるようになったのは「人種に関する『色盲』は人種差別だ」という議論である。英語でいうカラーブラインドというのは、要するに相手の肌の色にこだわらず相手の人格で相手を判断するという意味で使われる。黒人運動の父と呼ばれるマーティン・ルーサー・キングが「私には夢がある」で語った、人々が肌の色ではなく中身で判断される世界を夢に見ると語ったことでも有名である。

なのに何故最近人々を人種ではなく人格で判断することが「人種差別」ということになるという摩訶不思議な議論が騒がれるようになったのか。

ひとつの議論としては、相手の人種に盲目であるということは、相手の人種に全く気がつかない、もしくは気がついても気にしないという意味だが、それは人種がもたらす相手の人格をも無視することになるというものだ。また、相手の人種に気がつかない人間などいるはずはないので、自分は人種に対して色盲だという人間は人種に気がつかないふりをして潜在する人種差別を隠そうとする偽善者だという意見もある。

一般に人は他人も自分と同じように物を考えると思っている。だから自分が人種に執着している人間は、実際に人種に全く関心を持たない人の気持ちが全く理解できないし、そんな人間がいるはずがないと思うのだ。しかし実際にはカカシのように普段他人の人種に全く気がつかない人間も存在する。

それは変でしょう、カカシさん、話している相手の肌の色が黒いか白いか気がつかないってこたあないでしょう、と言われるかもしれないが、それは私にとって相手の髪の毛が金髪か茶髪か程度の差でしかない。

その例をちょっと紹介しよう。

ちょうど10年前の7月、インディペンデンスデイ(独立記念日)という映画が大人気になった。その時、新聞の記事で今夏ナンバー1の映画の主演は少数民族だという文章があり、私は正直言って「へ?誰が少数民族なの?」と本当に理解できなかった。主役男優はウィル・スミスだけど、、彼のどこが少数、、、あ~あ、そっか~、彼は黒人だね。と自分の中で結論が出るまで2~3分かかった。私はウィル・スミスをアメリカの俳優としては見ていたが、特に黒人だという意識では見ていなかった。

ある時友達同士でミックスカップル(異人種夫婦)の話をしていて、私は「私の知り合いにミックスカップルなんていないなあ」と本気で言ったことがある。一緒に居たミスター苺が「いるじゃないか、ケンとゲイルが」というので、「へ?ゲイルってラテン系かなんか?」ミスター苺「ばか、ゲイルは白人、ケンは黒人だよ。」といわれて「あ、そうか」などと言っていたら、他の友達から「お前ら何言ってんだよ。自分らの顔みてみろ!」と言われてしまった。え~なんで?あ、そうかミスター苺はユダヤ系でカカシは仏教系?違うってば、、いや、これは決してミスター苺も私も冗談でとぼけて言ったのではなく、本当に自分らの人種の違いを普段意識していないことから起きた会話なのである。

こういう本当の意味での色盲人は案外多いはずだ。人種差別というのは相手の人種が自分と違うことが何か問題になるという前提でおきることなので、相手の人種に本当に気がつかない人が相手を人種によって差別するなどということはあり得ない。それなのにわざわざ相手の人種に拘って、相手の人間形成に人種が影響を及ぼしたことを把握すべきだという考え人種差別撲滅に貢献するというのは話が逆である。

私が観たこのユーチューブなんかその典型。彼女の見解は組織的にも個人的にも人種差別は存在しているのに、自分はカラーブラインドだ人種には気がつかないと言い張るのは存在する人種差別を無視するだけで問題解決にはつながらない、というものだ。

だが彼女のいう「組織的な人種差別」というのは、人種差別者が生み出した架空の差別を原点にして語られている。たとえば黒人が拘束されている率は白人よりも多いという例をとってみても、拘束されている人間の人種だけを見て黒人が多いからそこに差別があると考えることこそ人種差別だ。

こういう統計を見て最初に聞かなければならないことは、同じ罪を犯した黒人と白人では拘束される率に差があるのかということである。拘束されている黒人が有罪なら、拘束されている黒人の数がおおかろうが少なかろうが人種差別とは無関係である。

また、家政婦や掃除婦といった手作業の大半をラテン系の女性がしているということも、これがアメリカ社会がラテン系に対して人種差別を行なっているからだと結論づけることこそ人種差別である。家政婦や掃除婦といった仕事は言葉のハンデがあっても出来る仕事だから新移民には好まれるというだけのことではないか?ラテン系女性でも言葉を学び教養があれば普通の会社にも勤められるし医者や弁護士や政治家にもなれる。ラテン系だからというだけで才能があるのにこういう仕事に就けないというのであればそれは差別といえるが、そうでないならラテン系への組織的な差別があるという理屈は成り立たない。

リベラルの悪い癖は結果における人種の配分が人口分布と一致しない場合は、その原因が人種差別にあると決め付けることだ。人には向き不向きや好みというものがある。また、人種ではなく民族による文化の違いというものもある。アメリカのように移民で成り立ってきた国ならそれぞれの人々の伝統的文化の影響というものもある。そういう違いを無視して何もかもが人種差別のせいだと言い張ることこそ人種差別である。

私が思うに、このユーチューブを作った若い女性に代表されるリベラルの若者たちはその交際範囲がリベラルの友達や親や大学教授らに限られるため、そうした人々の偽善が全てだと思い込んでいるのである。つまりリベラル偽善者たちが「私はカラーブラインドだ」というとき、彼らはそう振舞っているだけで本当はものすごい人種差別者であることを人々は察している。なぜなら自分らもそうだからだ。それでリベラルでないほかの思想の持ち主たちも自分たちと同じような偽善者なのだと勝手に思い込むのである。

よってカカシのような右翼保守派が人種なんて考えたことが無いというのを本気で信じることが出来ないのだ。人種に拘らず人々をその人格で判断する行為、本当の意味でのカラーブラインドこそが人種差別廃絶のもっとも効果的な手段であることを彼らは理解することができないのである。

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July 30, 2016, 現時間 10:20 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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黒人運動の圧力に負けて無駄な裁判で税金の無駄遣いをしたボルティモア

先日、警察との接触で命を落とした黒人たちの23件に関する記事のなかで紹介されていたメリーランド州のボルティモア市でおきたフレディ・グレイの死亡事故に関して、業務過失致死の罪で問われていた6人の警察官被告が全員起訴却下となり、グレイの死は単なる事故であり誰の責任でもなかったことがはっきりした。

もともとこの事故は最初から犯罪ではなく、単に逮捕されたフレディ・グレイが輸送中のミニバンのなかで転んで怪我をし死亡に至ったというもの。それが反警察のブラックライブスマターなどの暴力団が市民の警察への猜疑心を煽って暴力を扇動しボルティモア市で大暴動を起した。政治圧力に屈服した検察官のモズビー女史(黒人)は黒人二人を含む6人の警察官の起訴を決行。無意味な裁判で大金を使って市の予算を浪費し、警察官労働組合は会員費を二倍にして弁護に及んだ。なんたる無駄使い!

だいたいからしてボルティモア市の黒人層が市の行政に不満を持っているとしてもそれが人種差別のせいだと大騒ぎするのはやめてもらいたい。先ず市長のステファニー・ローリング・ブレイク女史は黒人、検察官のマリリン・モズビーも黒人。警察署の組織票を見てみると新しい署長は白人だが、歴代何人も黒人の署長がいたし、同署の幹部の半数以上が黒人で占められている。またボルティモアの市議会も議長を筆頭に半数以上が黒人だ。

私は黒人が多い地域の地元政府が黒人によって代表されるべきだという人種差別的な考えは大嫌いである。肝心なのは人々の代表となる政治家や警察官の才能と人格だ。彼らの人種も性別も何の関係もない。

市長をはじめ黒人が半数を占める地元政府が反黒人の人種差別者だというなら、単に黒人だからというだけでブレイクのような不能人間を市長に選んだ市民にも責任がある。

当然のことながら、警察官たちの士気は落ちて最低の状態。同市では警察官が非常に消極的になったため凶悪犯罪が急増している。そうやって一番迷惑を被っているのが地元黒人層なのだ。本当に黒人の命がそんなに大事なら、黒人の生活が安全になるように地元市民が警察と協力して悪質な犯罪者を自分らの社会から取り除く努力をすべきなのだ。警察を悪者扱いして責めているだけでは無意味なだけでなくかえって逆効果である。

追記:昨日もサンディエゴで警察官が二人待ち伏せされ、一人が殺され、一人が瀕死の重傷を負った。ブラックライブスマターは国内テロリスト軍団である。奴らの悪事は断じて許されてはならない。だが、もしクリントンが大統領になったらことはもっとひどくなるだろう。それについては別の機会に書こう。

July 30, 2016, 現時間 9:22 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 29, 2016

地元警察の警備体制にホットしたカカシ

二週間くらい前の話になるが、フランスのニースで大型トラックによる大量轢殺事件の直後、カカシが住まうカリフォルニアの町でイベントが行なわれ、ダウンタウンの真ん中の大通りが3ブロックくらい歩行者天国になった。昼から夜9時ごろまでのこのイベントに出かけていった私とミスター苺だが、私はその時ふとニースの事件もバスティーユデイのお祭りで歩行者天国になっているところへ大型トラックがつっこんだったんだよなあと思い起こした。それで今、わが町のお祭りでは、あのような事件を防ぐどのような警備体制が敷かれているのだろうかと興味が沸いた。

先ず私は大型トラックが歩行者天国に突っ込んでくるとしたら何処から来るだろうかと考えた。先ず真正面から来る場合。歩行者天国が始まる北と南の境の道には、ここから車両立ち入り禁止と看板があったが、その看板の前には大型トラックが横ばいに駐まっておりパトカーが何台もその横に駐車されお巡りさんがたくさん配置されていた。これでは大型トラックが突っ込んできてもそう簡単には歩行者の居る場所には入ってこれない。

横の道から入ってくる場合。歩行者天国は3ブロックをまたがっていたので、交差する道は二つあった。そして交差点にもはやり消防車や警察の大型トラックが横ばいになって道を完全に塞いでおり、そこにも数人の重武装をした警官が立っていた。

車だけではない。歩行者の間にも制服姿の警官が犬を連れて歩き回り、親しげに町民と会話を交わし、警官の任務について子供たちに説明したりしていた。警察官と市民の間が険悪なムードのどっかの町とは大違いで、うちの町ではお巡りさんと市民の関係は非常に良い。

この状況を見ていて私はホット胸をなでおろした。これだけ警察があちこちで厳しい警備体制を敷いているならテロリストもやる気をなくしてどっかもっと守りの甘い場所へ行くだろう。ブラックライブスマターとかいって警察による警備を嫌がる町でのデモ行進なんてテロにとっては最適の場所なのではないかな。

それにしても、フランスではこうした簡単な警備すらおこなっていなかったんだなと、あらためて呆れてしまったのであった。

July 29, 2016, 現時間 11:31 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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欧州緒政府の現実逃避はいつまで続くのか

最近、フランスとドイツそしてスエーデンにおいてほぼ毎日のように乱射や自爆や強姦テロのニュースを聴く。(日本でもひどい大量刺殺事件があったが、今のところモスレムテロとは無関係な模様。)しかし、ヨーロッパ諸国の政府やメディアは明らかに組織的なイスラム教テロを気の狂った一匹狼の仕業だとして、過激派イスラム教徒によるテロに関して現実逃避を続けている。

ここほんの数日の間だけでも、ニースで起きた84人大量轢殺事件、ノルマンディの教会で起きた牧師斬首事件、ドイツのババリアン地区の電車内で起きた斧による惨殺事件、フランス人の子供三人と母親を狙った刺殺未遂事件、ドイツの妊婦殺傷事件、ミュンヘンのマクドナルド乱射事件、ドイツの自爆テロ事件、どれもこれもモハメッドとかアリといった名前の若者が「アラーアックバー!」と叫んでのテロリズムである。

ヨーロッパ諸国の市民は何が起きているのか十分に理解しているがメディアも政府も完全に現実否認の状態にあると保守系雑誌のスペクテーター(英国版)でダグラス・マレーが書いている。

一般市民はこれらの事件は全てモスレムテロだと十分に理解している。だがこメディアや政治家たちはこれらの事件には全く一連性がなく、まるで訳のわからない摩訶不思議な事件であるかのように報道している。イギリスのEU離脱を求める意見を「ヘイトクライム」と決め付けてはばからなかったメディアも本当の暴力事件の犯人の動機は全くわからないととぼけるのである。

ドイツで自爆テロを図って自分だけ死んだシリア人の事件も、ロイターの記事の見出しは「難民庇護を拒絶されたシリア人爆発によって死亡」と、まるでシリア人が何かの爆発に巻き込まれた犠牲者のような書き方をした。このテロリストは音楽祭会場への入場を拒否されたため、近くで自爆を計り通行人数人を巻き込んで怪我をさせ自分だけ死んだのだ。もし会場に入ることが許されていたら何十人という犠牲者をだしていただろうことなどメディアは完全無視である。

ミュンヘンで起きたマクドナルド乱射事件でも、イギリスの国営放送BBCは犯人のイスラム名「アリ」を削除し、犯人がモスレムだったことも隠して報道した。しかも犯行の日が偶然ノルウェーで起きた白人崇高テロリストによるモスレム教徒乱射殺害事件の記念日だったことから、現場にいたイスラム教徒の目撃者たちが犯人は「アラーアックバー」と叫んでいたと証言しているのに、BBCはイラン系二世のドイツ人青年があたかも白人崇高者であったかのように報道した。

メディアにしろ警察にしろ一般市民がなんらかの結論に至ることを必死にさえぎろうとしている。だが我々のほとんどがもうずっと前から何が起きているのか結論をだしており、それは毎日のように確認されている。

今のところ、テロ行為をアフガニスタン発のテロ軍団であるイスラム国のせいにすることが一般的だ。確かにドイツやフランスのテロリストたちがイスラム国と関係があったらしいことはわかっているが、問題の本質はイスラム国ではなくイスラム教そのものにあると多くのヨーロッパ市民は理解しているとマレーは言う。

シャリル・へブド襲撃事件のあった二年前、フランスで行なわれた世論調査によると、74%のフランス市民はイスラム教は不寛容な宗教でありフランスの価値観とは相容れないものがあると答えたそうだ。しかしそれに対するフランス政府の反応は国民がイスラム教徒との接触があまりないため本当のイスラム教がどういうものかきちんと理解していないからだというものだった。だが現実はその正反対。フランス人は中東のキリスト教徒のようにイスラム教徒の異教徒への暴力的な行動を十分に体験している。そうしたうえでイスラム教を嫌っているのだ。だが何故か欧州の政治家たちはそれが理解できない。ドイツのマルケル首相が筆頭となって欧州に大量のモスレム移民を招き入れ、ヨーロッパの未来を大幅に変えようとしている。モスレム移民を自国の文化とは相容れない侵略者と考える一般市民と、可愛そうな難民及び労働力と考えている政治家たちの考えのギャップはいずれは埋められなければならない。

このギャップを埋めるためには、政治家たちは自分の政治生命を危険にさらしてでも現実を正直に国民に語る必要があるとマレーはいう。

ここまでは私もマレーの意見に賛成なのだが、所詮マレーもイギリスのエリート。長年のヨーロッパ上流階級のリベラル思想に洗脳されてきただけあって言うことがやはり生ぬるい。先ず、この間フランスのマヌエル・バルス首相が「テロリズムと生きていくことに慣れなければならない」と語って大批判を受けたことに対し、マレーはバルス首相は正しいのだという。確かに現実に起きているのはテロリズムだと認めたところまではいいが、一国の首相ともあろう人が、まあこういう状況だから慣れるしかないっしょ、というような最初から諦めて戦う意欲もないような投げ捨てた態度を取るのはいただけない。テロが連発する状況にあるから私はフランスを救うためにこれこれこういう意志を持って戦うつもりだ、くらいの指導力を見せないでなにを首相ずらしているのだと批判されるのは当然だ。

マレーは今、最も大事なのは銃や爆発物がテロリストの手に渡らないようにすることだと言う。もっともナイフやトラックを違法にするわけにはいかないし、テロリストたちはいくらも新しいやり方で攻撃してくるのでこれまでのような警備体制ではテロを防ぐことは出来ないと認めている。

テロを未然に防ぐために銃規制が先ず第一だという考えは何十年も前に完全銃規制を行なったイギリス市民の典型的な考えだろう。イギリスで生まれ育ちながら銃携帯の大事さを理解しているマイロ・イヤナポリスなどはかなりの例外だ。

マレーに言わせるとバルス首相はすくなくとも敵がイスラム過激派であることを認めていることには一応の価値があるというものだ。敵を敵として自覚することは敵と戦う上で第一歩である。我が国のオバマ王はそれすれも出来ないのだから。

しかしバルス首相はその敵がどこから来ているかという事実を言及していないとマレーは言う。イスラム過激派のルーツはイスラム教そのものだ。過激派はそのほんの一部なのかもしれない。だがすでにヨーロッパに居るイスラム教徒らがホストカントリーに融和していないのに、さらに過激派テロリストの巣窟であるシリアや他のアラブ・アフリカ諸国から大量の移民を受け入れるのは愚の骨頂だ。

マレーはヨーロッパがシリア難民を救済したいなら、自国に招きいれずとも外国で難民キャンプをつくり救済すればいいという。なにもヨーロッパ全体を難民キャンプにする必要はない。いや、ヨーロッパにそのようなことをする余裕はないと。

しかしドイツでは総選挙を来年に控えて、いまだにマルケルに挑戦できるような有力な候補が出ていない。ヨーロッパ市民は右傾化しているにも関わらず、ヨーロッパの政治家たちはさらに左へ左へと進んでいる。まるで現実を認めようとしないのだ。

このままいけばマルケルの血塗られた夏は秋へと進む。それは同時にヨーロッパのリベラル社会の秋ともなるだろうとマレーは嘆く。

July 29, 2016, 現時間 9:58 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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July 27, 2016

自由の国スウェーデンでゲイプライド行進が出来なくなった日

1970年代、スエーデンといえばポルノ映画のメッカ(皮肉な言い方だが)だった。ポルノとは今で言うAVのこと。まだまだ日本では日活ポルノですらヘアも見せられない時代にハードコアの完全ポルノが合法だった。同性愛にしろ何にしろスエーデンは社会的リベラルの最進国だったのだ。それが、先日イギリス出身の保守派男色家ジャーナリストのマイロ・イヤナポリスはスエーデンのイスラム教徒地区でゲイプライドパレードに参加すると息巻いていたが、あまりにも危険であるということでスポンサーのブレイトバートニュースはその企画をキャンセルした。

考えても見て欲しい、リベラルの都スエーデンでゲイプライドパレードが出来なくなったのである!

これまで欧米や日本など比較的安全な場所であたかも自分らの人権が弾圧されているかのように振舞っていたゲイやフェミニストたちだが、いまやヨーロッパのモスレムたちは諸国の政府の力を借りて本当に彼/彼女らを暴力で弾圧しているのである。今やスエーデンでは「スカーフをしていない女は強姦されて当然だ」などというビラが町のあちこちに貼られたり、公にはされていないが多分同性愛者たちには非常な脅迫がされているはずである。

トランスジェンダーが異性のトイレに入れる入れないを巡って議論になるような国で、自国は強姦社会だと言い張り女たちがビキニ姿で町を闊歩し「それでも合意はしていない」などと行進したり、テレビでニューハーフやゲイが人気者として活躍する国で同性愛者やトランスジェンダーだとカムアウトすることを「勇敢だ」などと讃えているアホどもにいってやりたい!

スエーデンのイスラム圏に行って女性はビキニ、ゲイはティーバック姿で、虹色の旗を掲げて行進してみろと。そんなことを実際に出来る人間が居たらそれこそ「勇敢だ」と讃えてやる。

自分の信じる思想や行動が命の危険を感じて実行できない状況こそが真の人権迫害であり思想弾圧なのである!アメリカや日本みたいな平和な国々で人種差別だ男尊女卑だホモフォブだなんぞとほざく行為は勇敢でもなんでもない!

July 27, 2016, 現時間 6:01 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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