August 12, 2017

アフリカからの違法移民密輸に加担するNGOに対抗するイタリア

この間ちょっと紹介したヨーロッパの若者たちによるDefend Europe(ヨーロッパを守れ)の行動だが、彼らの主張は「捜索と救助」という名目でヨーロッパのNGOがリビアの密輸業者とつるんで人身売買に加担しているというものだ。彼らは事前に打ち合わせ通り密輸業者の連れてくる移民を沖で拾ってイタリアもしくはトルコまで輸送している。

NGOの言い分はリビアや他のアフリカからおよそ長い海の旅にはふさわしくない粗雑なボートで命からがら逃げて来る人々が溺れ死ぬのを防ぐことが目的だとしているが、もしそれが本当ならわざわざヨーロッパへ連れてこなくても、海で拾った時点で元の国へ連れ戻してあげればいいだけの話。違法移民たちはある程度の沖まで出ればNGOの船に拾ってもらえると思うから粗雑なボートでも出かけてくるのだから。

NGOが密輸業者たちと結託しているという記事をイギリスの突撃ジャーナリスト、ケイティ・ホピキンスも書いている。この記事”Katie Hopkins on NGOs colluding with traffickers in Sicily” は7月に一瞬イギリスのデイリーメイル誌に掲載されたが、反ポリコレ過ぎてすぐに取り下げられてしまった。元記事は消えてしまったので一部だけを次ページに残しておく。英語で読みたい読者は参照のこと。

ケイティによるとNGOの船に乗ってシシリーの港についた経済移民たちの態度は、まるで花金でバーミンガムに繰り出した若者が散々どんちゃん騒ぎをした後にタクシーに乗って帰るかのような態度だという。

イタリアのレンズィ前首相が地中海で救助された移民はすべてイタリアの港に連れてきてもいいと同意したおかげで、イタリアは移民対策でなんと負債がGDPの132%、失業率12%。他のヨーロッパ諸国はこれはイタリアだけの問題だとそっぽを向いている。

これに怒っているのが現首相のPaolo Gentiloni 他のヨーロッパ諸国が公平な数の移民を受け入れていないと苦情を述べている。

ケィティはリビア密輸業者とNGO船とイタリアの湾岸警察による移民運搬共同作業は非常に効率的だという。イタリアの港についてからの取り扱いもメディアの目になるべく触れないように十分な考慮がされている。今年だけですでに9万3千人がリビアからシシリーにやってきた。

救援にあたっているNGOの一つ、子供たちを救え船のVos Hestia号の代表者によると、船は湾岸警察からの直接の命令がなければ出航しないという。何時出航しどこで密輸業者の船と待ち合わせるのかという問に関する答えは、いかに湾岸警察とNGO船が協力しあっているかをはっきりさせるものだった。

問:今夜出航することを乗組員はどうやって知ったのですか。誰が移民の船との待ち合わせの段取りをつけているのですか?

答:我々は国際海域においてイタリア湾岸警察と打ち合わせて動きます。領海に近づくのは湾岸警察の指示があった時のみです。

しかし最近になってイタリア政府の移民政策は風向きが変わってきた。

この間(8月2日)、ドイツのNGOの船が違法移民を運搬しているとしてイタリアの湾岸警察に拿捕されるという事件があった。

イタリア警察によると、ドイツのNGOグループは水曜日、リビア海岸で密輸業者の船から直接違法移民を受け取ったとしてNGOの船を拿捕した。

この船はJugend Rettet によって操業されており、シシリーからちょっと先の小さな漁業村であるLampedusaの港で拿捕された。ここは何百何千という移民が海で救助され連れてこられた村である。

イタリア当局は違法行為があったとしても、その動機は極めて人道的なものだなどと言っているので、この船の乗り組員が罰せられるかどうかは不明。

拿捕されたオランダ籍のthe Iuventa船は、去年の6月と9月に三回に渡って怪しげな行動をしていたことが今回の拿捕の理由となった。捜査によると移民たちは救助されたのではなく、NGOと密輸業者らの慈善の打ち合わせ道理、移民をエスコートしてきた密輸業者から海でドイツのNGOの船に乗り換えたというもの。その後移民たちはイタリア軍の船か、もしくは他のNGOの船に引き渡された。

Jugend Rettetというグループはドイツを基盤にしている若いボランティアの集まり。そのホームページでは「地中海において人々の命を救い人道的な状況を向上させることを目的とする。」としている。

グループの言い分は自分らはローマの救援センターからの依頼で捜索と救助の任務に出かけたに過ぎないと主張。グループの代表者は乗り組員が密輸業者から報酬を受けていたという証拠はないとし、密輸業者と親密な関係があるという証拠もないとしている。密輸業者とJugend Rettetが結託しているという疑いは「SFの世界だ(空想科学小説)」と語っている。

しかしイタリア当局はいくつかのNGOの「救助」が結果的に密輸業者への加担と化している事実について語っている。Jugend Rettetはイタリア内務省が最近設立した新しい規則への合意を拒否したNGOグループのひとつである。

2018年の選挙をひかえ、Paolo Gentiloni首相率いる与党は移民対策に厳しい姿勢を見せ始めている。多くのイタリア市民が難民申請手続きを待つ大量の移民の存在に不満を抱いているからだ。

イタリア政府はイタリア軍がリビアの湾岸警察と協力してリビアから密輸船がヨーロッパに向かって出発しないよう援助することを決めた。イタリア防衛庁は海洋封鎖ではないと主張しているが、反移民派の野党は封鎖を要求している。

7月の段階でイタリア政府は20万の移民をヨーロッパに放つと言っていたが、それと同時にイタリア籍以外の船の入港を拒むとも脅迫していた。今回の拿捕はその小手調べといったところだろうか。

もしイタリア政府が選挙前のパフォーマンスだけでなく、本気で移民受け入れを差し止めようと考えているのであれば、かなり遅すぎる観はあるが、それでもやらないよりはずっとましだ。なんにしてもこれ以上の現状維持は不可能なのだから。

"アフリカからの違法移民密輸に加担するNGOに対抗するイタリア" の続きを読む。

August 12, 2017, 現時間 9:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

外国人への思いやりで疲れる日本人

この間、カカシが皮肉で書いた「カカシはアメリカ人で日本人の繊細な神経を理解できない。「アメリカ人の私には、『暗黙の了解』や『約束事』は全く読み取れなかった。「最初からきちんと提示されていないものを外国人が理解できるはずだと思い込むのはどうかと思う。」という文章について、コメンターのシマさん(ハンドル名は5555shimaさん)から興味深いお便りをいただいた。全文公開および引用の承諾を頂いているので、ちょっとお話したいと思う。先ずはシマさんのメールから。

確かに自分が知らない異文化の物事を教えられることなく理解する(察する)のは難しいことです。難しいというよりほとんど不可能だと言った方が良いと思います。発言する側の人間が心の端に留めておくべきことです。私も外国人と話すときは十分に気を付けなければならないと感じています。

ただ、個人差はありますが、外国人と比較して「察する」ことが得意な日本人が日頃から感じている「外国人に対する不満」については理解して頂きたいのです(略)

1しか理解出来ない外国人のために日本人は一生懸命自分の考えていることを1から10まで順番に口に出して説明したり文章を作ったりします。日本人同士ならやらなくて済んだことを、「外国人に気を遣って」時間と労力を割いているのです。本来やらなくていいことをやっているので、余分なコストがかかります。

ところが、外国人はこの状況を直接言葉に出して指摘されない限り「察する」ことが出来ないので、日本人は不満を持ちます。何故なら、外国人は日本人が普段から支払っている余分なコストに対してほとんど気付かないし、感謝もしないからです。そうやって積もり積もった不満は、「外国の文化への無理解及び偏見」へと姿を変える場合があります。

もしも日本人をコミュニケーションを取る外国人の大多数が「普段やっていないことをわざわざ私のためにやってくれて本当にありがとう」「私のために時間と労力を割いてくれてありがとう」「あなたの気遣いと思いやりに感謝します」などと表現出来るようになっていけば、日本人の不満もなくなっていくのではないかと思います。

元米防衛庁のラムスフェルド長官が言った「知らないことを知らない」というのがまさにこれだろう。つまり、外国人は日本人が色々気を使ってくれているということに気が付いていない。だからお礼の心を持つことさえ出来ない。

もしもシマさんが、日本に来る外国人観光客やビジネスマンについて語っているのだとしたら、これは外国人にもかなりの責任がある。他国へ行けば習慣が違うのは当たり前だ。たとえ短期間の観光でも日本での心得くらいは勉強はしてきてほしいし、観光会社もガイドブックなどで細かく教授してほしい。

観光客に多く来てほしいと思っている日本側がおもてなしの気持ちで外国人の祖業の悪さを多めに見るのも実は逆効果になっている。これは日本だけではないが、欧米における現在のモスレム移民の問題も、ホストカントリーによる行きすぎた「寛容さ」に期を発していると私は思う。

アメリカでは公式文書が何か国語にも翻訳されて発布される。この間うちの近所で選挙があったが、たった一つの項目の住民投票の文書が何十ページもあった。それというのも同じことが何十か国の言語で書かれていたからなのだ。投票権があるということはアメリカ市民のはずだ。それなのにこの程度の英語も理解できないで選挙もなにもあったもんじゃないだろう。そこまで外国生まれの人間に気を遣うローカル政府の「寛容」さは行きすぎだ。

外国人であろうと何であろうと地元政府は徹底的に地元の法律を施行すべきだなのだ。たとえば歩きながらの喫煙や吸い殻のポイ捨てが違法ならば、単に注意するだけに留まらず、きちんと罰金を課せばいいのだ。英語でいうところの、"Ignorance of the law is no excuse" 「法律は知らなかったでは済まされない」である。

それに私から言わせると中国人観光客の行儀の悪さは確信犯だと思う。どこの国でも普通の道路上や他人の庭で脱糞や排尿が許されるはずはないし、商店に置かれている食品をやたらに手掴みにしてもいいとは思えない。これは日本人が文句を言わないのをいいことに好き放題をやっているとしか思えない。だったら日本人も寛容だの思いやりだのと言ってないでこういう輩は徹底的に取り締まればいいのである。

これは日本に限られたことではない。今や欧州で起きているモスレム野蛮人に対する信じられないような「寛容」や「親切」は言ってみれば、野蛮人に文明国の規則など理解できないはずだという人種差別の裏返しである。これらの国々は自国民同様外国人も同じ法律で裁くべきなのだ。地元の規則が理解できないなら、そういう教育をする機関を設けるなりなんなりするのはいいが、それでも規則を破る人間は徹底的に厳しく取り締まり、最終的には国外追放くらいの覚悟をしてほしい。そうすれば野蛮人が我が物顔で欧州を闊歩するなどということは防げるはずなのだ。

それと日本人を19年やったカカシの中にも染み込んでいることなのだが、日本人は他人が自分に気に入らないことをしても、相手にも色々あるだろうから今回は黙っておこうと我慢してしまう傾向がある。だがこれをすると相手はこちらの気も知らずに同じことを繰り返す。それが何度も続いてついにこっちは堪忍袋の緒が切れて爆発してしまう。何も言わなくても解ってもらえるはずだという日本人の甘えが通じない相手だとこういうことが生じる。

私はアメリカに来たばかりの頃にこれでかなり損をした。最初に住んだホームステイの家族とは、何か言われたらとにかく謝っておけば「素直な子だ」とわかってもらえると思っていたら、間違いばかりをする間抜けな子と思われた。付き合った何人かのアメリカ人男性に対しても「私がこれだけ気を使ってやってるのに、なんなのよ、あんたは!もう知らない!」と爆発して決別を迎え、相手は私が何を怒っているのかさっぱりわからずに終わってしまうという経験を何度かした。カルチャーショックというのはこういうことを言うのだろう。

日本人には面倒臭いことだが、今や嫌が応でも外国人と接しなければならない時代だ。日本人らしくないことでも場合によっては正直に言った方がいい。最初から正直に言ったほうが相手に対してかえって親切ということもあるのだから。

August 12, 2017, 現時間 12:36 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

August 11, 2017

グーグル社員による異見弾圧社風批判メモが炎上、社員は即刻首

先日米グーグルの社員が同社による行き過ぎたポリコレを批判する内部メモを書いたが、それが社外に流出してネットなどで大炎上。メディアはメモの内容を全く読みもせず、それがあたかも極度な女性蔑視のメモであるかのように報道。メモの著者である男性社員は即刻グーグル社を解雇された。下記はメディアによる典型的な偏向報道。強調は記事による歪曲部分である。

女性差別文書で男性社員を解雇 米グーグル 解雇男性は反発

米IT大手グーグルは8日までに、ハイテク業界に女性が少ないのは生まれつき技術職に向いていないのが要因だ、とする社内文書を作成した男性社員を解雇した。文書は社外にも広まり、性差別的として社内外から批判の声が出ていた。欧米メディアが伝えた。

 グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は従業員向けのメールで「われわれの行動規範に違反し、一線を越えている」と批判。ピチャイ氏は夏期休暇を切り上げ、この問題に関する社員集会を開くという。男性社員は解雇に反発しており、訴訟となる可能性がある。

 男性社員は文書で、男女の好みと能力に違いがあるのは「生物学的な理由」と主張し「ハイテク業界と指導者層で、女性が男性と平等な立場を実現できていない理由を説明できるかもしれない」と記していた。(共同)

グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)はこのメモについて、「我々の職場で性別における有害なステレオタイプを促進するような言葉によって(略)我々の特定の同僚が生物学的に職種に適さない傾向があるなどと言うのは無礼でありオッケーではない。」と語った。

デイリーワイヤー誌のベン・シャピーロによると、この”not OK"「オーケーではない」という言い方は暗号で、実は「そとに連れ出し貼り付けにして明け方火あぶりの刑に処せ」というに等しいぐらいの厳しい糾弾である。

このメモの著者はジェイムス・ダモアー(James Damore)という白人男性で、グーグルでエンジニアとして働いていた。ダモアーはグーグル社における右翼保守思想弾圧や、不効率な女性及び少数派への特別扱いについて批判したのであり、女性が男性に比べて劣るなどとは一言も言っていない。特にグーグルに努める女性社員が男性社員に比べて不能だなどとは一切言っていない。

彼はIT系や管理職に女性の数が少ないのは、生物学的な男女差に起因するものがあり、必ずしも女性差別によるものではないと説明した。さらにダモアーは統計的に女性と男性が仕事に求めるものは違うことを示し、グーグルが女性社員を増やしたいなら、女性の入社志望者の基準を下げるのではなく、パートの仕事を増やすなど、女性に魅力ある職場を作ることに努力すべきだと提案したのだ。

男女の賃金の差や管理職における女性の数の少なさについてはアメリカだけでなく、最近は日本のフェミニストからも多く苦情が出ているようだが、完全な男女平等社会であればどんな職種でも男女が半々になるはずだという考えは、男女の差を全く無視した考えから来るものだ。

女性は人間関係の円満さを求める傾向があるので、ストレスが高く競争が激しい分野より和気あいあいな職場を求める。また家庭を優先させるため勤務時間が長い管理職も自ら敬遠する傾向がある。それで必然的に女性の平均賃金はこうした職種に就く男性よりは低くなる。が、もし女性でも家庭をある程度犠牲にしても男性社員との激しい競争に打ち勝てる人は、それなりの地位についている。

カカシは大学は工学部出身だが、機械にしろ電気に建築しろ工学部における女生徒の割合は一割程度だった。しかし女性が理系に向かないのかといえばそれは違って、科学でも化学や生物学および医学系、そしてわが母校が誇る酪農・農業科学などには女生徒が非常に多かった。つまり女性は機械よりも生きたものに興味があるということだ。

大学がこうなので、機械及び電気工学専門の職場であるカカシの職場では必然的に女性エンジニアの数は一割程度。わが社の女性社員は圧倒的に人事課とか総務課の仕事についている。カカシがこの一割のエンジニアに含まれることは言うまでもない。

平均的な女性と平均的な男性の違いを指摘することは決して一個人の女性の能力を軽視するものではない。ダモアーはグーグルから「男女差のステレオタイプを促進している」として解雇されたが、シャピーロ曰く、グーグルの「多様性方針」こそが男女差のステレオタイプに基づいたものだという。

職場の文化を豊かにするためにもっと多くの女性を雇わなければならないという考え方そのものが、女性は男性と違うという思想に基づくものだ。ザ・ブレーズ誌のマット・ウォルシも、もし男と女が同じなら、女性が特に職場に貢献するものはないはずだと指摘する。

もっと女性社員の数を増やすべきだという考えは、女性が男性と違った特有な才能を持っているからでなければ成り立たない。女性と男性が全く同じなら職場の男女の比率が同率でないからと言って特に問題はないはずだ。だがもし、女性には男性とまったく違った特性があると主張するなら、その特性が女性をある種の職場から遠ざけている可能性も考えなければならない。女性には特性があると言っておきながら、その特性が男性とは違うのだと指摘することを差別だと言い張るのはおかしい。女性が男性と同じなら女性は特別ではない。女性が特別なら男性とは違う。どっちなのか?

グーグルは民間企業なのでどんな理由で社員を解雇しようとグーグル社の勝手ではあるが、常に多様な意見の交換を促進していると掲げている同社が、社風の保守派弾圧思想を批判した社員を即解雇したというのは、いかにダモアーの指摘が正しかったかを証明するものだ。これで同社においてダモアーの意見に賛成している社員は口をつぐまざる負えなくなっただろう。

しかし、ダモアーのような賢い男性が、このメモが炎上することに全く気が付かなかったとは思えない。はっきり言ってダモアーは確信犯だと思う。ダモアーはこのメモが社内内部で収まるなどとは考えていなかったはず。このソーシャルメディアの時代、しかもグーグルというネット情報検索エンジンの会社の第一線で働く彼が、自分のメモがソーシャルメディアで拡散されないと考える方がおかしい。そうなればフェミニスト連中が女性蔑視だと言って騒ぎ立て、後退派メディアが歪曲報道をやって、会社に恥をかかせたと怒ったグーグルがダモアー解雇、、となることは最初からわかりきっていたことだ。

ダモアーはグーグルを訴える覚悟があると言っているが、最初からそのつもりでグーグルを挑発したことは明らかだ。グーグルはダモアーが言った通りの反応を示した。実際ダモアーが勝訴する可能性があるかどうかはわからない。だが今後彼はこのことを利用して保守系メディアで活躍できるはずだし、すでに採用の依頼が来ているという話もある。なんにしても今後の彼の人生は結構明るいのかもしれない。

August 11, 2017, 現時間 2:59 PM | コメント (1) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

August 6, 2017

国を守るためには国民アイデンティティーは必須

先日、ヨーロッパの若者たちが「ヨーロッパを守れ」とリビア沖に繰り出したニュースを紹介したが、彼らはジェネレーションアイデンティティーと名乗り、自分らのことをアイデンティタリアンと呼んでいる。

このIdentityという言葉は非常に訳しにくい。私は日本の高校の哲学の時間にこの言葉を最初に聞いたが、日本語の教科書にさえこの言葉は「アイデンティティー」とカタカナで書かれていた。そのくらい日本語にはしにくい単語だ。平たく言うならば、自分が何かという意識だ。自己意識とでもいうのだろうか。

このアイデンティティーというのは個人だけでなく国にもある。この「国のアイデンティティー」というものは非常に大切だ。これが薄れると外敵からの攻撃に無防備になってしまうからだ。今のヨーロッパを見ていればそれがよくわかる。

欧州にはカトリックという欧州全体をつなげる伝統的なアイデンティティーがあった。しかしそれ以上に個々の国々でそれぞれの伝統に沿った国民性というものがあった。それを根底から破壊しにかかったのが左翼思想の社会主義だ。

左翼主義が蝕む欧州はもう何十年も前から世俗主義を押して宗教をおざなりにしてきた。社会の基盤である結婚制度を破壊してきた。離婚が多いだけでなく、同性婚を早くから認め、それでいて未婚の母も普通という状態を作って結婚を意味のないものにしてしまった。男女同権という名目のもとに女性人権とは無関係なフェミニズム思想が横行してバイキングの伝統を持つ男たちが骨抜きにされた。挙句の果てが極端な少子化と自己文化の衰退。多様文化主義だの民族多様性だのばかりを強調して自分らの伝統や習慣とは相いれない異文化を不用意に歓迎した。外敵が侵略を講じるにはもってこいの状況が整っていた。

そしてここ2015年にはじまったアラブ・アフリカからのモスレム大移動。欧州が国民性を失うパーフェクトストームの到来だ。

自分たちの文化や伝統に自信を持てない欧州人は自己意識旺盛なモスレムに太刀打ちなどできるはずがない。外敵に脅威を示す人々を白人至上主義などといって毛嫌いする輩も、なぜかモスレム至上主義者らには何の脅威を示さない。自虐主義もここまでくると自殺願望としか思えない。

さて、ではアメリカはどうなのか。

何度も繰り返してきたが、欧米と一口に言ってもアメリカと欧州とではこのアイデンティーに関して雲泥の差がある。この間もイギリス人によるアメリカの印象で紹介したように、アメリカ人はやたらと愛国心を強調する。祝日でもないのに町中のあちこちに星条旗が掲げられている。一般の民家でさえ正面玄関や前庭に旗を掲げるのは珍しくない。苺畑家でも早起きのカカシが国旗掲揚の役目を背負っている。

大昔にカカシの父が「アメリカは移民の国だから、常にアメリカ、アメリカ、と言っていないと国としてのアイデンティティーを失ってしまうのだ。」と言っていた。確かにそれもあるが、アメリカはアメリカ人になりたい人たちの集まりだからと言った方が正解だと思う。

よく、アメリカは移民の国だからアメリカとしての伝統や文化がないと勘違いする人が居るが実はそうではない。オバマ前大統領が進め急速に大量に取り入れたモスレムナンミンや中南米からの違法移民は全く別だが、従来アメリカに合法に移住して来た人々のほとんどがアメリカの自由な文化に憧れてやってきた。彼らは自国で宗教や人種や政治の問題で迫害されてきた人々であり、アメリカに来て本当の自由を獲得しようとした人々だ。だからかえってアメリカで生まれ育った人々よりも、よりアメリカ人であることが多いのだ。

ここでいう自由とは、単に個人が他人の迷惑を考えずに好き勝手なことをするという意味でもなければ、効率だけを考えて他人との人間関係を無視してもいいという意味でもない。で以前に引用したこういう意見だが、

移民社会とは、個々人の歴史的なルーツの共通項がないので、生活の便宜ばかりが優先され、実力主義とばかりに、誰もが個人プレーでしのぎを削り、後先や周囲の状況をあまり考えずに、先を争って自己主張をする。従って、新米か古参かの区別さえなく、単純に右翼か左翼か等の表面的なレッテル付けで人を罵倒し合って、とにかく五月蝿い。

これは完全な誤解だ。移民社会は個人の出生地や家柄や人種に捕らわれずに個人の才能だけで判断されることが理想だ。よくアメリカンドリームと言われるのは、誰でも文無しの状態からドナルド・トランプみたいな実業家になる可能性があるという意味。階級制度や宗教差別で生まれた時から人生が決まっている社会との一番大きな差はここにある。

アメリカ人は個人主義だから周囲のことを考えないというのは全くの間違いである。アメリカはジュデオクリスチャンの伝統があり、特にプロテスタントの影響が強い。19世紀末や20世紀初期、移民がアメリカに早く馴染むようにと英語教室があちこちに設けられたが、これらは政府機関ではなくキリスト教会主催の慈善事業が主だった。チャリティーの面ではアメリカ人は非常に気前の良い国民だ。世界中のどこの天災でも国家としての支援金は他国から劣ることはあっても、個々のアメリカ人による寄付金は常に世界最高。アメリカは個人の権利を重んじる国。だからチャリティーも個人の判断でされるものであり、国から押し付けられてするものではないのだ。

アイデンティティーの面で日本は恵まれていた。もともとほぼ単一民族だから、これが日本だと常に考えてくる必要はなかった。いわゆる日本人になら解る暗黙の了解というものがあったからだ。しかし今の時代これでは通用しない。今までは特に何の努力をしなくても日本人としてのアイデンティティーは確立されていたかもしれないが、外国からの移民がどんどん入ってくる社会になったらそんな呑気なことは言っていられなくなる。

日本が好きで日本文化に融和したいと考える外国人なら毛色が違おうが言葉が多少苦手だろうが大した問題ではない。だが、まったく日本の文化を取り入れる気持ちがなく、自分らの文化を地元の日本人に押し付けようとする外国人が大量に入ってきたら、これは問題だ。日本人は根が優しいので、これを利用しようとする外敵が居ることに十分気を付けるべき。安易に移民を受け入れるのは非常に危険だ。

しつこいようだが、カカシは日本を離れて30余年。日本に帰国するのは一年置きぐらい。だから私の日本観は一コマづつのスナップショット。継続してみていないからその変化に気づきやすい。それで日本社会の西洋化はここ30余年目まぐるしいものがあると感じる。

欧米の良い面を真似するのは決して悪いことではないが、欧米左翼の変な男女同権主義だの多文化主義だのPCだのを取り入れすぎるのは問題だ。また、日本語が変な外来語に冒されているのを聞くとものすごく残念だ。私が居た頃からカタカナ英語は普通に使われていたとはいうものの、最近はやりすぎなのではないかと思う。

外敵から国を守るのは国民のアデンティティー。アメリカも日本をそれを忘れるとヨーロッパの二の舞を踏むことになる。

August 6, 2017, 現時間 8:45 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

August 5, 2017

ヨーロッパを守れ、違法移民船阻止に乗り出したヨーロッパの若者たち

先日北欧のニュースを流しているツイッターでディフェンドヨーロッパ(ヨーロッパを守れ)Defend Europeという欧州の市民活動があることを知った。この活動を進めているのはヨーロッパ全体から集まった若者たち、彼らの名はジェネレーションアイデンティティー

ディフェンドヨーロッパがどういう運動なのか、そのホームページによると、

毎週、毎日、毎時間、船いっぱいに積み込まれた違法移民がヨーロッパの海を埋め尽くしている。侵略が起きている。この大量の移民が我らが大陸の顔を変えている。我々の安全と我々の生き方を脅かされている。我々欧州人は欧州の母国で少数派になる危険がある。(略)

我々の目的はNGOの行動を記録し、彼らが人身売買の密輸入者たちと共謀していることを暴露し、彼らの違法行為を阻止することにある。

彼らは自分たちのことをアイデンティタリアンと呼び実際に募金運動でCスターという船を調達。色々な苦労をしながらリビア沖に繰り出し、リビアからアフリカ人をヨーロッパに密運搬しているNGOの悪行を暴露しようと頑張っている。無論彼らの行動を好ましく思わないヨーロッパ諸国の政治家たちが彼らの運動をことごとく邪魔しているのは言うまでもない。

先ず出発の時点で彼らの動きはことごとく監視されていた。カナダのフリーランスジャーナリストのローレン・サザンが従軍(?)記者として一緒に行動しているが、彼女はすでにヨーロッパ諸国の警察に目を付けられているので、どこへ行っても秘密警察に付け回されたと語っている。それで運動のメンバーたちは自分らの行動をはっきり公開せず、種々のメディアを利用して自分らの行動に関してフェイントをかけた。この運動には大反対のハフィントンポストはそのフェイントに一役買わされたことに激怒している。

政府が国民を守るために何もしないければ、いずれはこういうことが起きることは火を見るよりも明らかだった。今はまだ数少ない若者たちが自費で船を出してNGOを冷かしている程度かもしれないが、この状況がエスカレートすることは間違いない。海上だけでなくヨーロッパ国内でもジェネレーションアイデンティティーのような若者たちが立ち上がるだろう。

政府が侵略者を止めないなら、我々が止める。市民がそう思うのは当然だ。これはヨーロッパの存続がかかっているのだから。

August 5, 2017, 現時間 3:50 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

後退派左翼の過激ぶりに愛想をつかす革新派リベラル

最近今まで自分をリベラルとか革新派だと思っていた人たちが、後退派左翼の過激派ぶりに呆れかえって愛想をつかすというケースを多く見るようになった。今回は、こともあろうに左翼リベラルの象徴ともいえるニューヨークタイムスに最近のフェミニストの指導者ともてはやされている過激派女性たちへの批判が載った。バリ・ウエイズ女史(BARI WEISS)著の革新派が嫌悪を奨励する時は読む価値あり。

ウエイズは自称革新派リベラル。トランプ大統領に「抵抗」して今年初めに行われた左翼主催の反トランプデモの「女性行進」にも参加した。しかし彼女はこの女性行進で指導者としてもてはやされている何人かの女性たちに対して少なからぬ懸念を抱いている。何故、革新派ともあろうものが、こんな暴力的過激派人間をフェミニストの代表者みたいに崇め奉るのかと。

先ずソーサー女史。なんといっても四人の代表者の中でも一番目立つ存在。「ヒジャブをつけた地元女性」として売り物だが実はかなり問題な見解を過去に述べた歴史がある。

とはじまってウエイズは、ソーサーが反シオニストで「シオニストより気持ち悪いものはない」と2012年にツイッターで書いたりしているのがその一例だとし、フェミニストの代表みたいに扱われているソーサーがいかに反フェミニストの思想であるシャリアを支持しているかを指摘している。ソーサーは反イスラミストのフェミニストで女性器切除の犠牲者でもあるアヤン・ハーシ・アリ女史に対して下劣な言葉で侮辱。アリは「本当の女ではない」ので彼女の女性器を取り上げてやりたいなどとツイートした過去がある。

彼女のこうした行動を彼女も彼女の支持者たちも、そんなのは昔の話だと言って取り合わない。そしてそうした攻撃は極右翼のイスラモフォビアからくる理不尽な攻撃だと言い張る。ウエイズは指摘していないが、ソーサーはどこかの大学での講演したとき、質疑応答の際に彼女のアリ女史に対するツイートについて質問された際に、「あんたは白人男性だ」と先ず質問を無視。あたかも白人男性にフェミニズムについて語る権利はないといったように男性に怒鳴りつけただけで、自分が書いて削除したツイートについては過激派右翼の陰謀だと言い張った。

彼女のツイートは大昔のもので人は時としてバカげたことも言うので、今はそうは思っていないというのであればそれはそれである。しかしソーサーのアリ女史に対する発言が単なる序章であったことは、先日7月16日、女性行進がAssata Shakurというテロリストに「お誕生日おめでとう」のツイッターを送った時の出来事ではっきりしている。Assata Shakurは本名ジョアン・チェスィマードという殺人犯でFBIの指名手配になっているテロリストだ。彼女は警官を殺して有罪になりキューバに逃亡。今でもキューバに潜在中だ。

なぜ左翼がこんなテロリストを応援するのだというニュースキャスターのジェイク・タッパーの発言に対してソーサーはタッパーはアルトライトに参加して自分をいじめにかかったとツイートした。ウエイズは事実無根な気違い沙汰に煽られているドナルド・トランプやその支持者たちとジェイク・タッパーを一緒くたにしてアルトライトと批判するのはいくらなんでも馬鹿げていると指摘する。

いったいいつから国産テロリストを批判することが極右翼特有の姿勢だということになったのか。その姿勢は基本的な道徳観と愛国心からくるものだったはず。

ウエイズはソーサーだけでなく問題のある指導者を何人か挙げている。Assata Shakur のようなテロリストを賞賛しているだけでなく、キューバの独裁者フィデロ・キャストロに追悼の念を送ったマロリー。黒人暴力団ブラック・パンサーの一員で6人の警官を殺そうとして有罪となった男を賞賛するペレズ。双方とも黒人至上主義のルイース・ファラカンの奨励者。

ウエイズが指摘した以外にも、女性行進にどういうえげつない人々が集まったかはカカシも過去に書いている。特にこの女とか。

ダーナ・ヒルトン(Donna Hylton)-女性行進で演説をぶった元売春婦の黒人女性。実は1985年に仲間(女二人と男三人)と一緒に不動産会社の男性を誘拐し20数日間監禁し散々拷問にかけて殺した罪で25年の懲役を受けていた殺人犯だった。この拷問のしかたが残酷なのだが、とくにひどいのは男性の肛門に鉄棒を突っ込んだり、スパナで男性の睾丸をひねくり回したりしたとある。何故そんなひどいことをしたのかという問いにヒルトンは「どうせ奴はホモだったんだから、、」と答えたそうだ。恐ろしい~!

ウエイズは左翼は保守派よりも内部の取り締まりをする勇気があるのかと問いかける。それとも反トランプ感情に押されてこれらの嫌悪に満ちた人々を無視するのかと。

革新派リベラルによる左翼批判が危険なのはウエイズも十分承知だ。こんなことを書けば自分もアルトライトの味方をしているとかイスラモフォビアだとか批判されるのかもしれないと書く。

しかし私はテロリスト奨励には立ち向かう。独立したフェミニストの声を侮り、民主主義を嫌い、独裁政権を奨励することにも立ち向かう。もしそうすることが現在のアメリカの革新派フェミニスト運動の常軌を逸しているというなら、それはそれで仕方ないだろう。

私から言わせれば、アメリカのフェミニスト運動など昔からこんなものだ。しかし遅くてもずっと気が付かないでいるよりはましだ。革新派リベラルはこうして自分らの運動が後退派左翼に乗っ取られていたことを悟るのだ。

August 5, 2017, 現時間 9:41 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

August 2, 2017

What's in a name? 呼称に関する日米文化の違い

本日のエントリーを始める前にはっきり言っておく。私はネットおともだちのリリーさんについて、彼女の政治的なご意見にはほぼ賛同している。彼女のイスラエルや欧州に関する姿勢にも同調している。ダニセル・パイプス氏やダグラス・マレー氏らの著書翻訳に関しても非常な尊敬心を持っている。これからも彼女のブログやプロフェッショナルな著者は愛読させていただくつもりだ。

しかし今回彼女が自分のブログで書いたカカシに対する批判は理不尽だと思うので説明させてもらいたい。

ことの起こりはカカシがリリーさんのフェイスブックで彼女が好まない呼称を使ったことに発する。リリーさんは自分のフェイスブックに本名を提示しているが、普段はニックネームであるリリーという呼称を好んでいるようだ。実はリリーさんと最初にネット上で知り合ったときに彼女がいくつかの名前を使い分けていたので、どの名前で呼べばいいのだろうかと聞いたことがある。恥かしながらカカシは他人の名前を覚えるのが不得意なのでその時言われた名前を忘れてしまった。で、彼女がフェイスブックやツイッターで使っているリリーというハンドルネームでいいのだろうと思って今まで使ってきた。しかしながら、先日彼女のFBにコメントした際に、間違って彼女がFBで提示している本名を使ってしまったことで彼女の怒りに触れたようだ。

確かに彼女の好む呼称を忘れたのは私の落ち度なのだが、だったら「○○ではなくて××と呼んでください。」と言えば済むことなのに、彼女は個人的にそういうメッセージを送るのではなく、自分のブログで不特定多数の読者に向かってカカシの不作法を発表して批判するという手段に出た。

私は今までリリーさんに対して意図的に失礼なことを言ったことはない。気が付かずに失礼な行為に出てしまったのなら謝りもするが、単なる失態に対していくらなんでもリリーさんのこれはやりすぎだ。彼女がそこまでするのであれば、私も手袋を脱がせてもらう。

私は彼女とのやり取りが始まった当初、彼女が私を「カカシ夫人」と呼ぶことに抵抗を覚えた。呼ばないでくれと頼んだがそれは不適切だと拒絶された。日本ではわからないが、相手が呼び捨てで呼んでくれと言っているのにをれを拒む行為はアメリカでは非常な失礼になる。しかし彼女はアメリカ人ではないので、私は彼女の失礼を無視した。そんなことで言い争っても意味がないと思ったからだ。

しかし今回呼び名の話が出たついてに、私は彼女のことを彼女が好むリリーさんと呼ぶから、私のこともカカシさんと呼んでくださいとお願いしたところ、こういう答えが返ってきた(直接ではなく彼女のブログで)

相手をどのように呼称するかは、最初から最後まで一貫していなければおかしい。(略)

だが、インターネット上の公開情報の場合、わざわざハンドルネームを出しているなら、何か理由があってのことであろうと察し、最初から最後までそれで呼称するのが、作法ではないだろうか。

この「不思議な」と訳した人は(カカシ注:これはカカシのこと)、私宛の呼称を少なくとも三度、コロコロ変えた。意識的か無意識的かは判別し難いが、それは、私に対する印象や態度が、文脈によってコロコロ変わっていることの証左であるか、所詮、他人のことだからと、いい加減に軽く扱っているのだろう。または、ご自身の内面の動揺が露呈されているのかもしれない。

その上、唐突に交換条件として、それなら自分をこのように呼ぶように、と指示が出された。

これこそが、論旨の乱れ、もっと言えば、日本語を使っていても、文化の暗黙の了解、約束事が全く読み取れていないことの証拠だと、私は考える。(強調はカカシ)

カカシはアメリカ人で日本人の繊細な神経を理解できない。それで本名と共にハンドルネームが明示されているのは親しくもない人間に本名を呼ばれたくないという意味だなどというリリーさんのお気持ちは全く理解できなかった。

リリーさんが言う通りアメリカ人の私には、「暗黙の了解」や「約束事」は全く読み取れなかった。

それにしてもリリーさん自身が理解できない外国の文化を単なる田舎者だと侮蔑する行為は日本的な礼儀に反しないのだろうか、若干19年間日本人をやった人間としてそれはそうとは思えないのだが。

アメリカの西海岸は日系を含めたアジア系移民が多いので、それでもコミュニケーションが成り立ってきたのかもしれないが、私は西海岸に行ったことはないし、多分、行くことはないだろう。だとすれば、日本語である以上、言語コミュニケーションのルールは守っていただきたい。

カカシ個人を批判するのはいいとしても、カカシがアメリカ西海岸に住んでいるからといってアメリカ西海岸に住むアメリカ人全体をこのように侮辱する行為は如何なものなのだろうか?言語コミュニケーションのルールとやらはりりーさんが勝手に作り出したものであって、国際的な規則ではない。最初からきちんと提示されていないものを外国人が理解できるはずだと思い込むのはどうかと思う。

私は何故リリーさんにここまでひどく罵倒されなければならないのかが理解できなかった。しかし彼女の他のエントリーで明らかにカカシに向けた批判を読んで納得した。

二十歳前後で、日本から国籍を変えて他国に永久移住することに関して、私ならあまりメリットを感じない。

仕事や留学など、契約して数年程度の目的滞在型ならともかく、全面移住するとなれば、言葉のハンディや文化読み取り能力には、並々ならぬ努力を要するはずだからだ。

例えば、いくら英語が良くできたとしても、ネイティブでなければ、必ず100%よりは劣る。劣るということは、その100%ではない中途半端な言語能力で自分自身が図られ、それに応じて、本来の実力以下に仕事が当てがわれるということになる。

日本にいて充分に暮らしていけるのに、こんな屈辱的選択を、なぜみすみす選ばなければならないのだろうか。

他人が外国に移住する気持ちが解らないからといって、その選択が間違っているという言い方はおかしいだろう。リリーさんが母国を愛する気持ちは立派だし、日本が世界で一番素敵な国だと誇りを持つのも素晴らしいことだ。そういう人にはぜひ日本の文化保持に貢献していただきたい。しかしながら自分には理解できない人間の価値観というものもある。何故私がアメリカ移住を決心したのか、それは一言では説明は不可能なので省くが、それはそれなりの理由があるのだ。

移民社会とは、個々人の歴史的なルーツの共通項がないので、生活の便宜ばかりが優先され、実力主義とばかりに、誰もが個人プレーでしのぎを削り、後先や周囲の状況をあまり考えずに、先を争って自己主張をする。従って、新米か古参かの区別さえなく、単純に右翼か左翼か等の表面的なレッテル付けで人を罵倒し合って、とにかく五月蝿い。その結果、いちいち能率は下がるし、ミスはあちこちで連発するし、人間関係は簡単に壊れるし、細やかな微細さもなく、よろず大雑把。文化的な繊細さや洗練には程遠い。

従って、誰もが感情的にもささくれ立ち、精神衛生上、誠によろしくない。

インターネットは公開情報ではあるが、基本的な礼節や常識は、国を超えて守られるべきものである。

移民社会には伝統がないというのは偏見だ。

私が何故アメリカは偉大な国だと思うのか、それについてはこれからも説明していくつもりだ。私がブログを書き始めた理由というのも、このようにアメリカ社会について無知な人がアメリカを完全に誤解して批判するのを少しでも是正したいと思ったからなのだから。

August 2, 2017, 現時間 8:17 PM | コメント (7) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 30, 2017

トランスジェンダー押し付けも肥満奨励も同じ穴のむじな

最近、トランスジェンダー関係の記事で、女なのに男性ホルモンを摂取して男に見える女が、「男も生理になる」とか言って生理の血液で汚れたズボンの股間を写した気持ち悪い写真をツイッターにアップしていた。自分が男になりたい人間が生理の苦痛に文句言うなんていい加減にしろよと思ったのだが、彼女の苦労が一体このカカシに何の関係があるのかと聞きたくなった。

彼女が自分を男に見せたいと思うのは勝手だ。それで短髪にして男性ホルモン摂取して男装するのは彼女の趣味だから私はどうでもいい。でもそれならどうして何の関係もないカカシや不特定多数の人々が彼女の生理で汚れたズボンを見なくちゃならないのだ? そんなことをする不可思議な女を何故無関係な他人が男と認めなければならないのだ?

もっとひどいのなると、トランスジェンダーとデートしないのはトランスフォビアだなどと言い張る奴まで居る

先日ナタリー・ヘイグというプラスサイズ(デブ)モデルが、飛行機で偶然隣り合わせになった男性が自分の体重について悪口を友達とのメールで交わしていたのを目撃して激怒し男性を怒鳴りつけ、その模様をビデオに撮ってインスタグラムだかのソーシャルネットワーキングにアップした。

この男性は隣に座った肥満女性について友達へのメールで「この女がメキシコ料理を食べなかったことを願うよ」とか「メキシコ人を食べちゃったんじゃないの」とか書いていた。それをこの肥満女は自分のスマホで撮影し、後に男性に対して、彼のメール内容は自分をひどく傷つけた、そういう行為は今後慎むようにと説教を始めた。

はっきり言って、この世の誰にも傷つけられない権利などない。彼女は太ったことを売り物にしているモデルだ、そうやって自分の体をひけらかしているのなら、それに対する批判もどんと受け止めるくらいの度胸を持つべきだろう。

さて、これに関連してデイリーコーラーという新聞にデイビッド・フックステッドという記者が「肥満モデルをもてはやすのは止めてくれ」という記事を書いて避難を浴びている。

フックステッドは最近スポーツイラストレイテッドという男性向きスポーツ雑誌にプラスサイズのモデルによるビキニ姿が多く出るようになったことについて、男は肥満モデルのビキニ姿など見たくないと書いてネット上で炎上してしまった。自分だって太ってるくせに他人のスタイルを批評できた柄か、というのがまあ大半な批判。

しかし一男性読者であるフックステッドが太っているかどうかは問題ではない。一般の読者が肥満モデルが表紙を飾るスポーツ雑誌など買いたがるかどうかが問題なのだ。

なぜモデルが痩せているのかと言えば、それは社会が美とはこうでなければならないと押し付けているからではなく、そういうモデルを見たいと思う人が消費者の大半を占めるからだ。もし肥満モデルを掲げることで雑誌の売り上げが伸びるのであれば、スポーツ雑誌にしろファッション雑誌にしろ肥満モデルを重宝するだろう。

誰がどんな人に魅力を感じるかは個人の自由だ。それを誰かに押し付けられる行為は私は我慢が出来ない。

女を(男を)男(女)と呼べ、肥満モデルを美しいと言え、そういうふうに真実を歪曲し人々の本意を曲げることを体制が押し付けるやりかた、それこそがファシズムなのだ。

July 30, 2017, 現時間 11:03 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

地球は過去19年間温まっていない、冷却期に入る恐れも

この間、ダンカークという映画を観に行ったときに、アル・ゴアの空想非化学映画「不都合な(不)真実」の続編トゥルーストゥパワーの予告編(ビデオ)を見てしまった。あんまりバカバカしかったので、トランプがEPA(環境庁)をつぶしてやると演説している部分でわざと拍手を送ってやったら、後退派左翼で牛耳られる映画館ではかなりの顰蹙を買ってしまった、私とミスター苺に向かって「黙れ!」「トランプは裏切り者だ、このくそ野郎!」などとヤジが飛んだ。

しっかしながら、アルゴアがいっくら映画なんぞを作ってみても地球温暖化が起きていないという「不都合な真実」を変えることは出来ない。

今年の五月に紹介された記事なのだが、デンマーク気象研究所Danish Meteorological Institute (DMI). の調査によると、北極の海氷は例年よりずっと厚く、地球はここ19年間全く温暖化していないということが解った。

2016年12月から北極の気温は零下20度(摂氏)以下が続いている。4月現在の北極海氷は13年前の4月の厚さまで戻った。さらに海氷が非常に薄いと言われた2008年に比べて今年の海氷の厚さはどこも少なくとも2メートルはあるという。グリーンランドのアイスキャップはこの冬、ここ数年に比べて速い速度で増えている。

エルニーニョのおかげで例年にない暑さと言われた2016年だが、記録的に暑いと言われた17年前の1998年のエルニーニョの時同様、数か月後の今は0.6度ほど温度が下がっている。

ということは、地球温暖化の傾向は19年前から全くないということになる。

地球は温暖化が起きているどころかミニ氷河期に向かっているという説もある。最近の太陽活動の減少から三年以内にかなりの温度低下が見られるだろうというもの。地球は230年周期で冷却するが、その周期は2014年に始まり2019年にはずっと気温が落ち込むという予測だ。

気象学者らによると、太陽活動の大きな現象が予測されており、2020年から2053年までの33年間に極度の冷却が期待されるという。もし本当に地球が冷却周期に入っているのだとしたら、温暖化などよりずっと世界経済に悪影響を及ぼす。

地球気象周期研究所の会長デイビッド・ディリー(David Dilley)氏によると、地球の温暖や冷却の周期は地球と月と太陽の引力関係によって決まるという。それぞれの周期は約12万年周期で巡ってくるが、そのうちでも230年周期で小さな温暖冷却が巡ってくる。西暦900年からすでに五回に渡って温暖化周期が巡ってきたが、その度ごとに冷却期が続くという。

前回の温暖化周期が終わったのが1790年。2020年はその230年後にあたる。そのことからディリー氏は2019年あたりから極度な冷却が始まるだろうと予測している。そうなった場合、イギリスでは1940年に見られたような摂氏零下21度などという温度を見るかもしれない。「2019年からはじまる冷却は2020年から2021年の間に地球の温度を1940年から1960年のレベルまで引き下げることでしょう」とディリー氏は語る。

2019年になって本当に地球冷却化が始まったら、アルゴアはじめ温暖化迷信の妄信者たちはどうするのだろうか?それでも地球は温暖化してると喚き続けるつもりなのだろうか?

July 30, 2017, 現時間 8:46 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 29, 2017

どうしてトランスジェンダーは軍隊に属さないのか

先日トランプ大統領がトランスジェンダーによる米軍隊勤務禁止方針を発表したことによって世間は色々と騒いでいる(NHKー日本語)

アメリカのトランプ大統領は、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の人たちについて、アメリカ軍で働くことは認めない方針を明らかにし、民主党や人権団体などから批判が相次いでいます。

これはトランプ大統領が26日、みずからのツイッターに書き込んで明らかにしたもので、「アメリカ政府はトランスジェンダーの人たちがいかなる形でも軍で働くことは認めない」としています。

その理由についてトランプ大統領は「われわれの軍は圧倒的な勝利を収めることに集中しなければならず、トランスジェンダーがもたらす多額の医療コストや混乱が負担になるべきではない」と主張しています。

オバマ前政権は去年、トランスジェンダーの人たちのアメリカ軍への入隊を禁じる規則を撤廃すると発表していて、アメリカのメディアによりますと、アメリカ軍で兵士などとして働いているトランスジェンダーの人は2000人以上いると見られるということです。

トランプがこの方針をツイッターで発表したことには問題があるが、方針そのものは妥当だ。トランスジェンダリズムというのは精神病であるから、そういう精神病患者は軍人には適さないからである。

それについて、トランスジェンダーがどれほど精神的に不安定であるかという話をダン・マクラフリンがUSTSという2015年のトランスジェンダー調査を用いて指摘している。18歳から25歳を対象に行われたこの調査によると、


  • 53%が現在深刻な精神的問題を抱えている(一般人は10%)、
  • 40%が自殺未遂の体験がある(一般人4.6%)、
  • 48%が過去一年以内に自殺を考えたことがある(一般人4%)、
  • 82% がこれまでの人生で自殺を考えたことがある、
  • 29%が過去一か月以内にに大麻などの違法麻薬摂取をした(一般人10%)、
  • HIVやエイズ感染度が一般人より多い。

トランスジェンダーをどのように軍隊に配属させるかという便宜上の問題以前に、トランスジェンダーの精神問題は非常に深刻だ。自身および同胞の命に係わる決断を究極な状況で常に要求される軍人がしょっちゅう自殺を考えているようではお話にならない。こういう問題を抱えた人間は極力避けるのが軍隊の責任だ。

さて、仮に全く精神異常のないトランスジェンダーを入隊させたとしても、トランスの配属には多々の問題が生じる。どちらの更衣室やシャワー室を使うかということもだが、医療費や治療をどうするのかも問題だ。冒頭で添付したNHKの記事では医療コストは誤差の範囲などと書かれている。

米医師会「医療コストは国防予算の誤差の範囲」

トランプ大統領の方針を受け、アメリカ医師会は26日、会長名で声明を発表しました。声明では、「トランスジェンダーの人たちを軍から除外する医学的な根拠はない。トランスジェンダーの人たちがもたらす医療コストは国防予算の誤差の範囲で、愛国心のあるアメリカ人が国に奉仕する機会を拒否する口実に使われるべきではない」と指摘して、多額の医療コストがかかることを理由として挙げたトランプ大統領を批判しています。

国防費が大幅に削られて必要な節約している軍隊に対して、誤差の範囲とかよく言うよと言いたい。軍隊の人間がどれだけ犠牲を払っているかお前らに何が解る。軍事病院で人手が足りずにどれだけの退役軍人が必要な治療を受けられないか、それを考えたらトランスジェンダーの性転換手術まで国防費で払えとか平気な顔して言えないはずだ。第一軍隊が治療費を負担するとなったら、それだけの目的で軍隊に入ろうとするけしからん奴も出てくるはず。

ま、それはともかくだ、軍隊ではトランスジェンダーでなくても持病のある人間は入隊させない。例えば喘息持ちとか極度のアレルギー体質とか常に常備薬を必要とする糖尿病患者とか、最初から特別な治療を必要とする人間をわざわざ入隊させないのは当然の配慮だ。これは単なる経費の問題ではない。戦場で常備薬が切れて任務を果たせなくなったら、本人だけでなく周りにも大迷惑だ。人の命に係わるのだから。

トランスは常に異性ホルモンの投与が必要だし、もしトランス経過中なら整形手術など色々な治療が必要になる。健康に必要がない整形手術のために長期にわたって隊から抜ければ隊のモラルにも関わる。

つまり、最初から多くの問題を抱えているトランスジェンダーを無理に入隊させることに何の意義があるのかということが問題なのだ。軍隊には入りたい人間が誰でもはいれるわけではない。先ほども述べた持病のある人間の他にも、年齢が行きすぎていたり身長が足りなかったり肥満だったり過去に麻薬を使った体験があったり、と色々な理由で不合格になる人がいる。単にトランスもその部類に入るのだとして何が悪いだろう?これは同性愛者の場合とは全く違う。

ところで話はすこしずれるが、カカシが常にMTF(男性から女性への)トランスジェンダーによる女性スポーツ参加を反対している理由として、いくら男性が女性ホルモンを打って去勢手術をしてみても、男は男、女との競争は不公平であり、女性にとって危険だということをあげてきた。しかし最近読んだ記事で、男女の体の違いは私が思っていた以上に大きいということに気が付いた。この記事によると、、

テスタストロンという男性ホルモンは強く頑丈な骨格を作り出す。特に男性の骨盤の発達には大事なホルモンだ。加えて重たいものを持つ力と効率のいい動力も与える。テスタストロンは心臓の大きさやその機能にも貢献するため、平均男性は平均女性より40%も有酸素運動能力が高く持久力も長い。女性は男性よりも心臓が小さいので、同じ量の血液を心臓に送り込むためには高い心拍数を必要とする。

とするならば、例えトランスジェンダーが大人になってから女性ホルモンを摂取しはじめたとしても、もともとある男性ホルモン分泌が減るわけではないし、大人になるまでにすでに作られた骨格や心臓の大きさを変えることは出来ないので、女性よりもずっと有利な肉体を保持していることに変わりはない。こういう人間が生物学的な女性と対等に競争するなど女性にとってどれだけ不公平であるかが解るはずだ。

さて、実はこの記事はデイビッド・フレンチが何故女性が戦闘員として適さないかという議論で書いたものなのだが、私はこれには賛成できない。なぜかというと、これはあくまでも平均的男性と平均的女性を比べたものなので、男性にも女性にも例外はいくらでもいるからである。

例えばアメリカン忍者ウォーリアーの参加者は圧倒的に男性が多いが、それでも最近は各地域で数人の女性たちが男性顔負けの活躍をしている。女性特別枠を作らなくても、30人の予選通過者のなかに2~3人の女性が入っていることは珍しくない。予選挑戦者の9割が男性だとしたら、彼女たちは70%以上の男性を打ち負かしたことになるのだ。こういう人になら戦闘員をやってもらってもいいはずだ。

以前から言っているが、女性でも軍隊の基準(女性用の低い基準ではなく)にかなっている人ならどんな任務にも就けるべきだ。無論その数は男性のそれよりは少ないだろう。だが少ないから無視していいということにはならない。女性だろうと男性だろうと仕事のできる人にやってもらえばそれでいいのだ。軍隊にとって大事なのは戦時に一番役に立つ適任者を職務に付けることだからである。

July 29, 2017, 現時間 2:27 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 23, 2017

移民抑制のために国際結婚は規制すべきか?

八重桜会というブログの古いエントリー(2014年)のなかに国際結婚は極めて厳しく規制されるべきというものがあって、自分も国際結婚をした者としてはちょっと興味があって読んでしまった。しかし、結婚そのものを規制するというより、それに付属している問題解決をすることが第一だと思う。

八重桜著者による国際結婚反対の理由は大きく分けて次の三つ。

1. 国際結婚が増えることは結果的に、日本の移民国家化に繋がりかねない

2. 偽装結婚のほか、永住権や国籍取得目的の国際結婚が非常に多い。

3. 国際結婚する本人が、周りの社会や次世代以降の日本に責任を負う覚悟を持っていないケースがきわめて多い。

1)のケースだが、著者は2006年の総結婚数の6.11%が国際結婚だったことから、いずれは日本で10人に1人が国際結婚になる可能性を危惧し、

そして仮に今後もし10人に1人が国際結婚となった場合、昨年の婚姻件数66万594組をベースに考えますと、6万件以上が国際結婚となります。そのうち、半分(実際には半分以上だと思いますが)のカップルが日本に居住、半分が海外に居住したとしても、3万人以上の外国人が年間入ってくることになります。そしてその3万組ものカップルが、外国人との間に子供をつくることになります。その連鎖が続いていくとどうなるでしょうか?

と書いている。私は2006年に16組に1組の割合で国際結婚だったという事実に非常な驚きを覚えたのだが、八重桜さんの心配とは裏腹にその後国際結婚の割合は減り、2013年現在では3.25%にまで減った。

国際結婚の率が減ったとはいえ、国際結婚が日本の移民化につながる可能性は無視できない。問題なのは日本人の配偶者が外国人であるということではなく、その外国人を通じて芋づる式に親戚一同が入ってきてしまう心配である。日本の場合は解らないが、アメリカの場合、一人でも家族に永住権を持っている人間がいると、家族や親せきがそのつてを使って入国することが容易になる。それでアメリカ人と結婚して永住権や市民権を取った外国人は両親や兄弟を呼び込み、一人の移住のはずが家族郎党含めて1ダースなんてことになりかねないのだ。私が非常に頭にきた例として、若い韓国人がアメリカ人と結婚して自分の年老いた両親をアメリカに呼び込み、アメリカで年金生活を送っていたことだ。アメリカで税金を払ってきてもいない人間が、何故アメリカ人のための年金を受け取ることが出来るのか非常に不思議なのだが、欧米ではこういうことがよく起きる。

これを防ぐためには、婚姻関係以外の親戚関係で用意な移住は不可能という規制を作っておくべきだ。そして厚生年金積立の税金を払ってこなかった外国人には絶対に年金を支給してはならない。

2)のケースは完全に犯罪なので厳重に取り締まる必要がある。結婚して同居していない夫婦や永住権が取れた時点で離婚する夫婦には要注意。結婚5年以内に離婚した外国人の配偶者からは永住権を取り上げるくらいの覚悟が必要。また外国人と結婚する日本人にも相手の動機に十分気を付けてもらいたい。だが、本気で恋をして騙されてしまったら、それを責めるのも気の毒ではある。一時期パキスタン人による中古車業者が多く居たが、彼らはたいてい日本人女性と結婚して永住権を取っていたという。中年以上で行き遅れの女性が狙われたそうだ。やたらに寄ってくる外国人には要注意。

3)のケースは、日本で子供を育てるつもりなら、子供は日本人になるように育てるべきだろう。自分の配偶者が外国人でも子供は日本人なのだから。モスレム男性と結婚する女性には子供への特別配慮を地元政府に求める人が多いが、こういうことは断じて止めてもらいたい。日本には宗教の自由があるから自分や子供がモスレムになるのはいいとして、日本の法律をゆがめるようなことは慎んでもらいたいし、政府自体がそういう人たちを特別扱いしないようにすべきだ。

安易な理由での国際結婚は断じて反対するとともに、政府には、国際結婚の悪用を防ぐための法整備を早急に求めたいと思います。同時に、家庭や社会で、国際結婚はマスコミで喧伝されているようなメリットだけでなく、リスクや社会的責任が非常に大きいことを啓発するべきであると考えます。さらに、結婚することそのものの社会的意義やメリットをもっと広め、制度上も子供が生まれた場合はもちろん、日本人同士の結婚そのものに対して金銭的な優遇措置などを設けることで、(強調はカカシ)身近な日本人との結婚を意識するような風潮、所得にかかわらず日本人同士の結婚がしやすい環境を作り出す必要があるのではないかと思います。

政府による結婚促進努力はいいとしても、外国人と結婚した人々を差別する行為には絶対に反対だ。日本人でも外国人でも同じ法律によって守られるべきである。外国人と結婚していたら公団住宅への入居や福祉の面で差別されるなどというのは文明社会のすることではない。しかし同時に、外国人でも日本の法律で同じように裁かれるべきである。例えばモスレムの間で普通に行われている女児の性器切除や幼児結婚や名誉殺人といった因習は絶対に許してはならない。

結論として、問題なのは国際結婚そのものではなく、それに付属する問題だ。日本人と結婚する外国人が日本を愛し日本人になろうという気持ちなら、それはそれで歓迎すべきことだ。たとえ子供が伝統的な日本人の顔をしていなくても、大和魂を持って入ればそれでいいのだ。日本の文化は個人の肌の色で決まるわけではないのだから。

July 23, 2017, 現時間 3:44 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 20, 2017

お行儀よいだけでは効果はない、マイロやトミーに見る自由主義活動

先日、マイロ*ヤノプルス(Milo Yiannopoulos)はアメリカの公共ラジオ局NPRで45分間にわたるインタビューを受けたのだが、なぜかNPRはその放送を中止してしまった。マイロに言わせると彼があまりにも効果的な発言をしたためNPRはしり込みしてしまったのだろうとのことだ。

(*カカシ注:苗字のカタカナ表記が一貫していなかったので、今後はウィキに従ってヤノプルスで一貫しようとおもう。)

NPRは政府からの補助と一般聴取者からの募金で成り立っているラジオ局。その内容は極左翼である。だからマイロをゲストに招んだというだけでも驚きなのだが、マイロが彼らが思っていたほど過激でもクレイジーでもなかったので、インタビューをお釈迦にしてしまったのもわかるような気がする。

ヤノプルスといえば、今年の2月まで飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を得ていたのが、ちょっとしたスキャンダルでそのキャリアに急ブレーキがかかったかに見えたが、この度、彼の著書デンジェラスがアメリカ独立記念日の7月4日に発売になり、その宣伝でラジオやポッドキャストやビデオブログなどのインタビューでアメリカ中を飛び回っている。NPRでのインタビューもその一つ。

この本はサイモン&シュースター社から出版される予定だったが、例の幼児虐待擁護疑惑(完全な濡れ衣)で左翼の圧力に負けた同社が出版を取り止めたていた。メディアは今回の出版はマイロの自費出版と報道しているが、マイロ曰く、これは自費出版ではなく、彼自身が3百万ドルをつぎ込んで創設したデンジェラス出版社からの出版。今後もこの出版社を通じて彼以外の保守系の本もどんどん出版していくつもりだという。

NPRは放送中止にしたが、その全般を上記添付のブレイトバーとのサイトで聴いた。マイロの保守的な意見は別に新しいものではない。彼が同性愛者だということにしても、共和党にもログキャビン共和党という同性愛者の共和党グループもあるくらいで、彼がゲイはじめての保守とういわけでもない。ではなぜマイロはこうも注目されるのかという質問に対して、マイロは「アタシはおもしろくてイケメンで効果的だからよ」と答えた。彼はわざと「挑発的で無法(provocative and outrageous)」なことを言うことによって注目を集めているとも認めている。また彼はどこかのオフィスでふんぞり返ってエッセーを書いてるだけではなく、全国を飛び回って講演ツアーや集会を開いてファンと直接交流していることも挙げている。

マイロが左翼連中に脅威を与えるのは、彼がこれまでの右翼保守のステレオタイプに嵌らないからだ。彼には高級だが時代遅れの背広姿で格式ばった論文を書いてる中年男性のイメージはからきしない。彼は言葉使いもしぐさもなよなよしたオネエさん。それでも自分はカトリックで、母方はユダヤ系(よってユダヤ人)、恋愛対象は黒人が好みで現在の恋人も黒人、しかも幼児性虐待の生存者でもある。本来なら彼はいわゆる「犠牲者」の鏡としてバリバリの左翼であってしかるべき。ところが彼は自分を犠牲者にすることを拒絶すると断言するのだ。

だから彼に対してはホモ嫌いだの白人至上主義者だのといった通常の罵り方が通じない。こういう人間が右翼保守思想はクールなんだと若者に訴えることは左翼連中にとっては大脅威なのである。

効果的な政治活動という意味で、私はこの間書いたピアース・モーガンによるトミー・ロビンソンのインタビューについて、ダグラス・マレーの感想を聞いていた。そのなかでマレーは、ロビンソンがやるような公共デモ集会や行進は感心しないと言っていた。その理由は不特定多数の人間が集まってくると、なかには行儀の悪い人間も出てきて、そういう人間が車を焼いたり暴動を起こしたりすれば、主催者側にはコントロールが効かなくなるからだというものだった。

その話をミスター苺にしたら、「だが本を書いてるだけでは効果はない」と言われてしまった。

今、マレーもマイロのように最近新著が発売になったばかり。それで、新著”The Strange Death of Europe”(ヨーロッパの不思議な死)の宣伝でイギリス国内やアメリカやオーストラリアまで飛び回ってインタビューに忙しい。無法者のマイロや庶民的なトミーに比べて、マレーは学術派タイプ。蝶ネクタイを締めた大学教授といったイメージがある。しかしマレーも、トミーを無学扱いして上から目線のピアース・モーガンには批判的だった。

さて、保守派は元来行儀がよくなくてはいけないというイメージが、保守派による若者へのアピールに欠けるという話で、2012年に書いたマーク・スタインのことを思い出した。彼はイギリス育ちのカナダ人ジャーナリスト。スタインは同性愛者のことを「フルーツ」というちょっとした侮蔑語で表現したことによって同じ保守派から批判された。マイロなどもっとひどい侮蔑語である「ファッゲット(おかま野郎)」などと言う言葉を使っている。

さて、面白いのはスタインが掲載したナショナルレビューオンライン誌の編集員の一人、ジェイソン・リー・ストーツが、政府による法律上の言論弾圧に対してならばスタインと供にバリケードに戦いを挑む覚悟があるとしながらも、スタインの下品な言葉使いに不満を示すコラムを書いている。

ストーツは他人の言論の自由に対する不寛容を指摘するにしても、「フルーツ」のような侮辱的な言葉使いをするべきではない。意見の違いはその内容を攻撃すべきなのであって、反対意見を持つ人を批判すべきではない。過去にそういうステレオタイプをヒューモアと取り違えた人々を現代の我々が批判するべきではないが、現代人がそうした言葉使いをしない民度の高い文化にめざめたことを賞賛すべきなのだ、といった内容だ。

左翼連中の狙いはまさにストーツのようにあくまでも礼節でいようとする右翼保守の甘い考えを悪用することにある。だからフルーツだのファゲットは侮蔑語だから言ってはならないという左翼連中が勝手に決めつけた規則に右翼保守が従うのは相手の思うつぼだ。

カカシもだいぶ長いこと右翼保守と言われる連中の左翼への迎合に不満があった。特に言葉使いに関しては。黒人と言ってはいけない、オリエンタルと言ってはいけない、次から次へと出てくる言論規制。それにいちいち従う保守派たち。いい加減我々も行儀にばかり捕らわれずにこちらの思想をより多くの人々に知ってもらう効果的なやり方を考えるべきだろう。

そういう意味でマイロやトミーの活動は貴重なのだ。

July 20, 2017, 現時間 9:40 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 19, 2017

相手に親切にすれば相手からも親切にされると思い込む文明人の悪い癖

このあいだ、コメンターのちびむぎみみはなさんの発言を発端に、よもぎねこさんのサイトで非常に興味深いエントリーがあった。それについて私ももっと掘り下げて考えてみたいと思う。

一方だけが幾ら寛容になっても、もう一方が完全に不寛容であれば、寛容を示した側が追い込まれるだけなのです。ところが大アジア主義のイスラム観をアップデートできない人々は、これを理解していないのです。

そもそも彼等は実はイスラム教の教理などには一切関心はないのです。 これってイスラム教徒からすれば神への冒涜そのモノなのですが、彼等はそんなことは夢にも考えていません。

彼等に限らず「寛容」を振り回す人々は、そもそも自分達が寛容であることへの自己満足に浸るばかりで、相手を見て理解しようとしないのです。(強調はカカシ)

しかし本当に相手を見手理解しようと言う努力を放棄した上で示す寛容が本当の寛容と言えるのでしょうか? 勝手に相手を善人と盲信しての寛容なんて、結婚詐欺師の言葉を信じて金を貢ぐのと同じではありませんか? これを本当の愛情と言えますか?

不寛容に寛容になれば不寛容が横行する、これ常識。まったくよもぎねこさんの言う通り。今の西欧の状況がまさにこの頓珍漢な「寛容」の賜物だ。

欧米で移民政策に反対する人々のことを「イスラモフォビア」と呼んで、「お前らは本当のイスラム教を理解していない」と責め立てる奴らに限って本当のイスラム教を理解していない。コメンターのちびさんも欧米の左翼同然にイスラム教テロリストが欧米を攻撃するのは、キリスト教欧米諸国が過去にイスラム圏で悪さを働いたからだと思い込んでいるのも、相手を理解せずに自分らの物差しで相手を図る文明人の奢りだ。こちらが何かをしたから仕返しをされたのだと考えることは、ではこちらが親切にすれば相手も親切で返してくれるという誤解につながる。

こういうナイーブ(馬鹿がつくほどお人よし)な考え方は、世界制覇を狙うモスレムにはもってこいの獲物となる。よもぎねこさんが引用している池内恵さんの言ってることはまさにその通りだ。

「日本の援助の仕方が悪いから現地の人の反感を買ったなんて議論は全く非論理的。 このテロは原因はイスラムにある。 だからどんな援助をしようと日本人はテロの対象になる。」

イスラム教徒らにとって他宗教に寛容な社会は弱者として制覇すべき社会なのである。彼らにとってイスラム至上主義は常識。相手が自分たちに親切なのは相手が自分たちの崇高を敬わって服従していると理解する。スエーデン住まいのブロガーさんが言っていたが、モスレムの店員と対応する時は丁寧に接すると馬鹿にされる。反対にこちらが相手より偉いのだという高飛車な態度を示した方が、相手が低姿勢になり付き合いがうまくいくというのだ。

彼らにとって他宗教や文化との交流は、相手を征服するか征服されるかのどちらでしかない。相手と平等に共存するなどという観念は全くないのだ。だから日本はイスラム教徒を奴隷として受け入れるという覚悟でもない限り、彼らを安易な労働力として受け入れるのは危険。(奴隷など無論文明社会ではあってはならない観念だが。)

ちびさんみたいな右派が西欧の真似をしたくないというなら、本気でどういう点を真似すべきでないのかを勉強すべき。単に日本はキリスト教ではないから安全などという能天気な考えでは日本も欧州の二の舞を踏むこと間違いなしである。

July 19, 2017, 現時間 9:10 AM | コメント (3) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

やっぱり無実だったアメリカ水泳チーム、ライアン・ロクテ事件

去年の8月、リオオリンピックの最中に強盗にあったという話をでっち上げ、虚偽の被害届を出したとして起訴されていたライアン・ロクテがブラジル裁判所において起訴却下となった。つまり、ロクテらアメリカの水泳チーム4人が嘘をついていた事実はないという結論だ。

この問題については真面目な取材を続けていたUSAトゥデイの記事によると、ロクテはガソリンスタンドで起きた事件についてブラジルの裁判所はロクテの行為は犯罪ではなかったとして起訴を却下した。

このことは去年も書いたが、ロクテら水泳チーム4人にしてみれば、ガソリンスタンドのトイレを破損したから弁償しろと言われてスタンドの警備員に銃で脅され有り金すべてを奪われた体験は強盗以外の何物でもなかった。こんなことがアメリカや日本で起きれば被害届は出して当たり前。警備員は強盗の罪で逮捕される。それがブラジルとなると被害者が似非被害届を出したとして訴えられるという理不尽さ。しかもロクテらは酔っぱらっていたので被害届など出していないのだ。ただNBCのインタビューを受けた際にロクテはうかつにも自分が強盗にあったという話をしてしまった。しかもその詳細が多少事実と食い違っていた。彼に罪があったとしたらこの不注意な発言のみだ。

私がこのことで腹を立てていたのは、ブラジル警察の行動は明らかな言いがかりであったにも関わらず、詳細がはっきりしないうちから選手らを罰したオリンピック協会の態度だ。そして自国の選手を弁護しようとせずに反対に四人を犯罪者扱いしたアメリカのオリンピック協会。さらに、ロクテを即座にコマーシャルから降ろしたスポンサー会社たち。

で、彼らの行為が犯罪ではなかったと証明された今、ロクテら四人に未払いの一人頭百万ドルの金メダル賞金は支払われるのだろうか?すでにロクテの一年の謹慎処分は期間が終わってしまっているが、その間に彼が稼げるはずだった賞金の賠償金とかどうなるんだ?

オリンピック協会は謝罪するのか?

今回のことはロクテらがアメリカ人だったから起きた嫌がらせだった。リオでオリンピック期間に犯罪の被害にあったのは彼らだけではない。イギリスのチームやロシアの外交官や世界中の取材班もその被害にあっていた。当時の模様をカカシはこのように説明した。

どうもこの話はうさんくさい。カカシにはロクテ選手が強盗被害をでっち上げたというのは、それこそブラジル側のいいがかりなのではないかという気がするのだ。だいたいからして今回のリオのオリンピックは開催前からリオの治安の悪さや環境の汚染やズイカビールスの感染などが問題とされており、空港からオリンピック会場までの道で開催事前に訪れた選手団のコーチや委員会の人員や外交官が強盗にあったという話しがたくさん報道されていた。ロシアの外交官が渋滞で車が止まっているところに銃をつきつけられて、柔術を使って強盗の銃を奪い取り射殺したなんて事件もあった。開会式の翌日に警備員が道を間違えて路地に入り込み射殺された事件もあった。開会後も報道陣の携帯やパソコンの窃盗は日常茶飯事で、警察官がきちんと給料を払ってもらっていない状態なので、会場での警備体制もなっておらず、観客の入場に一時間以上も待たされるのはざらだという話だった。報道陣の乗ったバスに流れ弾が飛んできたなどという話もあった。事実この事件の直後にイギリスの選手が強盗に合っている。

もう二度とブラジルでオリンピックなんかやるな!

July 19, 2017, 現時間 7:06 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 16, 2017

鉱山のカナリア、南アフリカの白人アフリカーナ

この間南アフリカにおける少数派白人への迫害についての話をした。それに関してユーチューブで南アフリカのビジネスマンの演説を少し聞いていて、彼が「我々は言ってみれば鉱山のカナリアだ」と言ったのが印象に残った。民主主義を理解せずに、それが単なる多数決なのだと勘違いしている人々が増えると、必然的に少数派の権利が迫害されてしまう。南アフリカはそのいい例なのだ。莫大な数のアフリカ人が今ヨーロッパになだれ込んでいる。ヨーロッパは気を付けないと南アフリカの二の舞を踏むことになる。

鉱山のカナリアとは、カナリアは小さく空気の変化に敏感なので、鉱山内に有毒ガスが発生したり酸素不足になったりしたとき、カナリアを環境変化の警報として持ち込んでいたということから、危険の前兆という意味で用いられる。

以前にも紹介した南アフリカ在住経験のあるジャーナリスト、アレックス・ニューマンのカール・ギャラップスによるインタビューから読んでみる。

一国の大統領が、自分の政権と共に少数派を駆逐するから「マシンガンを持ってこい」などと言うことを想像できますか?普通の神経の人なら恐怖におののきますよ。全くの気違い沙汰です。

だが、それが南アフリカでは実際に起きている。大統領自らが人口の10%にも満たない少数派の白人を皆殺しにしろと国民を煽っているのだ。1990年代に起きたルワンダでのツチ族とフツ族の殺し合いの時もそうだったのだが、アフリカ人はなぜか指導者の暴力扇動にすぐ乗せられて、今まで隣近所で仲良く暮らしていた人々を突然窯で滅多切りするという行為に出るから恐ろしい。殺すといってもそのやり方が想像を絶する残酷さなのも彼らの特徴。

アパルトヘイトが終わった時点で、南アフリカは民主主義の自由国家として生まれ変わるチャンスがあった。しかしそれが実現せず、単に弾圧されていた側が弾圧者になったというだけの独裁政権になりつつあるのは何故なのか。ジェイコブ・ズーマ大統領は南アフリカの問題はすべてキリスト教徒である白人のせいであり、すべての白人を抹殺すべきと公然と唱えている。少数派の白人政党が白人農夫たちの数々の虐殺について国会で訴えた際、与党のアフリカンナショナルコングレスは殺人を弁護し「よし、生き埋めにしろ!」と叫んだ。

ニューマンは、南アフリカのこのような状況を世界中のメディアが無視するのは、今の南アフリカの状況は世界のメディアにも多いに責任があるからだという。1980年代から1990年代にかけてアパルトヘイトをどのように解体していくか、国内でも色々と議論が交わされていた。しかし西洋メディアや体制派が即座に政権を旧ソ連支持の共産主義者とテロリストの手に渡すことを要求したのだとニューマンは言う。(当時南アフリカボイコット運動なども行われていた。)

確かに少数派白人による独裁政権が良かったはずはないが、だからと言ってその政権を共産主義者やテロリストに何の安全処置もとらずに手渡してしまえばどういうことになるか、それは火を見るよりも明らかだったはず。

なぜ我々民主主義国家が人権人権と騒ぐのかと言えば、多数派による少数派への弾圧があってはならないという民主主義にとっては基本となる考えを大事にするからである。しかし共産主義者やテロリストにそんな考えがあるはずがない。そういう考えのない人間が政権を握れば、結果的に多数派による少数派虐待という状況が発生する。南アフリカの場合、白人への復讐という感情も入るから余計に厄介なのだ。

しかし、この状況が単に南アだけの問題だと考えるのは危険だ。すでにアメリカでもバラク・オバマ前大統領が率先して黒人と警察との間に亀裂を生じさせ、白人を悪者扱いする運動が起きている。「白人特権」などという言葉が多く使われるようになり、白人は白人であるだけですでに人種差別者なのだとか、どれだけ白人およびキリスト教徒の人権が迫害されても、有色人種や非キリスト教徒による人種差別は存在しないなどと言い張る人間が左翼の間で増えている。

南アフリカでアフリカーナの身に起きていることは、私の見解では将来世界で起こりうる凝縮図だと思います。少なくともグローバリストや体制派が西洋のキリスト教徒に起こるべきと望む構図なのです。

ニューマンは国連のように、世界中をひとつの政権の元に統一することの危険性を語る。もし国連が本当に世界統一の政府となったならば、世界中で少数派であるキリスト教西洋は南アの白人のように弾圧されること間違いない。

ニューマンは語らないが、すでにアラブ諸国が主権を握る国連人権委員会では常にイスラエルが悪者扱いされ、その権限が迫害されている。アラブ人やアフリカ人を大量に受け入れたヨーロッパでは、白人が少数派になった各地で地元白人(特にユダヤ人)への迫害がすでに始まっている。

ところで日本人は西洋人でもなければキリスト教徒でもないので影響がないかと言えばとんでもない。日本は文明社会として西洋文化と共通した価値観を持っている。その価値観は同じ東洋でもアラブ人とは完全に相入れないものだ。西洋人にとって住みにくい社会は日本をはじめすべての文明人にとって住みにくい社会となるのだ。

ところでどうしてアフリカはいつもこうなってしまうのかという話でナスタチウムさんが面白い統計を掲載しているので参照されたし。

July 16, 2017, 現時間 12:41 PM | コメント (8) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 15, 2017

Strange case of translation - 翻訳における奇妙な出来事

この間コメント欄でちょっと書いたのだが、ネットおともだちでダニエル・パイプス氏の著書の専属翻訳家でもあるリリーさんから私の訳語が適切でないというご指摘を受けた。下記はそのコメント欄から抜粋。

ネットおともだちのリリーさんから、マレー氏の著書の題名は「ヨーロッパの不思議な死」というより「奇妙な死」と訳すべきなのではないかというご指摘をうけた。確かに「Strange」という単語を英和で引くと「奇妙な」と出てくるのだが、「不思議」を反対に和英で引くと「Strange]と出てくる。だからどちらを使うかは訳者の判断に任せられる。 私は「奇妙」という言葉自体を自分であまり使わないので、普段自分が使っている「不思議」という言葉を使ったのだが、言われてみると確かに「奇妙」という言い方もあったなと思った。その方がいいのかもしれないとも思ってツイッターではそう答えた。

しかしよくよく考えてみたら、やっぱり自分としては「不思議」の方がしっくり行くと考え直した。「奇妙」というのは物事を説明する時に使うような気がする。「奇妙な形」とか「奇妙な現象」とか。それで著者の感情移入がないような気がするのだ。
これを「不思議」と訳すと、著者にとってこの現象は何か異様な興味を抱かせる現象であると言っているように聞こえる。少なくとも私にはそう思えるのだ。

この題名だけなら、確かに「奇妙」でも「不思議」でも訳者の好みの問題だろう。いや、学術的な論文なら、多分「奇妙」の方が適切かと思われる。しかし、これまでマレー氏のインタビューやスピーチを色々聞いてきて、この場合は「不思議」の方があってるような気がするのだ。(強調は後から加えた)

無論これはカカシの独断と偏見に満ちた考えかた。私はプロではないからいい加減な訳なのもお許し願おう。

こんな生意気なことをど素人のカカシが言えば、国文学専門で多言語に堪能で翻訳を長年手掛けているリリーさんが黙っているはずはないと思っていた矢先、案の定ご返答があった。リリーさんのおっしゃることは全くもっともなのだ

著述の全体を読めば、「不思議な」というよりは、もっと強いニュアンスの「奇妙な」が適切だと、私は思います。事例の使い方や言葉の選択に、意図的な狙いとウィットと皮肉が込められているからです。(ツイッターより)

アメリカ東海岸への留学と駐在を計4年間、経験した主人は、理系だが、私よりも遥かに英語が正確でよくできる。パイプス親子先生の母校および職場でもあったハーヴァードでも(外国人向けの)英語のクラスを取っていたし、専門分野以外に難しい対米交渉もこなしてきて、ユダヤ系も含めたアメリカ人を採用する立場にもあった。 その主人が本件に関して一言。「奇妙な、でなければおかしい」。 なぜ、‘mysterious’という単語をダグラスさんが使わなかったかは、本書を読めば歴然としている。

ちなみに英語母国語のミスター苺にも「不思議」と「奇妙」の違いを私なりに説明して意見を聞いてみたが、リリーさんやご主人と同意見だった。(笑)

リリーさんが最初ツイッターで、私が「奇妙」のほうがベターかも、と書いたとき、「ベターはベストよりも低い」という返答をしてきた時、何を言っているのかよくわからなかったのだが、これを読んではっきりした。つまり、リリーさんはカカシのようにいい加減に「確かに『奇妙』でも『不思議』でも訳者の好みの問題だろう」みたいな態度は許せないようだ。リリーさんにとって翻訳は正確でなければならないからだ。

パイプス訳文については、「読みやすい日本語」よりも「正確さ」を第一にしている。学者を名乗り、シンクタンクを率いている方の文章だから、たとえ読みやすくても、間違っていたらダメだ。そのことは、繰り返し、パイプス先生に伝えている。

学術書では確かにその通りなのだ。私が「学術的な論文なら、多分「奇妙」の方が適切かと思われる」と書いたのもそれが理由。

私は10年以上も自己流で英文を訳しているが、最初に気が付いたのは、英文はそのまま訳すと日本語として成り立たないことが多いということだ。私の最初の頃の文章がどうもぎこちないのは、先ずは英語で考えてそれを訳すような書き方をしていたからだ。日本語は日本語で考えなけりゃダメなのである。

ちょっと例を出すなら、英語でI don't know him from Adam という言い回しがある。これをそのまま直訳して「私は彼をアダムの頃から知らない」とやると何のことかわからなくなる。アダムとは聖書に出てくるアダムとイブのアダムであり男の原点を表す。だから意味だけ訳すなら「素性の解らない男」となるが、原文で古い言い回しが使われているのだから、日本語でも「どこの馬の骨ともわからない男」とした方が原文の雰囲気がより伝わる。

それで私はとうの昔に原文の英文を緻密に訳すという作業はあきらめて、先ず英語で読んだ原文を頭のなかで整理してその概念を自分なりの日本語で考えなおして書くというやり方に切り替えた。そうすると原文は英語でなく日本語なので書きやすいし読みやすいという結果が生まれる。少なくともそれが狙い。

しかし、忘れてならないのは、これをやると、細かい英語のニュアンスは失われる。著者のウィットや皮肉的な書き方も失われる。意味が解りやすく通じればそれでいいのかと言えば、それは原文が何なのかにかかわってくる。

カカシが拙ブログで扱っているような新聞記事なら、単に内容が通じればいいだけなので問題はない。しかし細かい論理が逐一吟味される学術書であればそれではだめだ。また芸術的な小説であったり詩であったりすれば、それはまた別。例えば、韻を踏んでいる詩を意味だけ訳しても原文の感覚はすべて伝わらない。だが日本語で韻を踏めば原文の意味が変わってしまう。

以前に源氏物語を英文に翻訳した人のエッセーの中に、翻訳する際には何を大事にして何を犠牲にするかという葛藤が常にあるとあった。

私が大好きなJRRトールキンの指輪物語の和訳が何種類もあるのも、版によって原文の何が強調されるかの解釈が違ってくるからだ。指輪物語の場合は原文がイギリス英語なのに、アメリカ出版の際にはアメリカ英語に直す色々な「翻訳」が加えられたという。

だからリリーさんのように原作者と常に交流して著者が何を一番強調したいのか、これはこういう意味で解釈していいのかと確認しながらの翻訳は理想だ。

翻訳は科学ではない、芸術だ。何が絶対的に正しいとは一口に言えないことが多くある。翻訳者の技量はいかに原文の意図を失わずに他国語の人間に解るように伝えるかにかかている。だから母国語が堪能な人でないと絶対に無理な仕事だ。

ま、そういう意味で長年のアメリカ生活で日本語がハチャメチャになっているカカシには絶対に出来ない仕事である。

リリーさん、カカシの素人談義にお付き合いくださりありがとう。

July 15, 2017, 現時間 9:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ    

July 13, 2017

左翼の不思議な恋人、リンダ・ソーサー

先日リンダ・ソーサーなるパレスチナ系モスレム過激派女がアメリカ独立記念日にモスレムブラザーフッド関係団体の前でトランプ大統領に対して宣ジハード戦争布告発言をし、保守派の間で批判が出たことに対しソーサーはワシントンポスト紙で弁明した。ソーサーのあからさまな挑発に対する批判を彼女は、あたかもイスラモフォビア極右翼による自分への人格攻撃であるかのように被害者ぶっている

今週、保守派メディアは私がイスラム教徒大集会において行った演説を、文脈を無視して抜粋し、あたかも私が大統領に対して暴力的な「聖戦」を促したかのように報道した。私はそんなことはしていない。悲しいかな、これは私にとっては初めての体験ではない。ワシントンDCで私が女性行進の共同指揮という誉を受け、全国の女性を勇気づけたことによって、私および私の家族は数えきれないほどの脅迫を受けた。この醜い脅迫は、反モスレムを奏でる外国人差別および白人至上主義者らかのものである。彼らの唯一の目的は私を沈黙させ私の評判を落とそうとするものだ。なぜなら、パレスチナ系アメリカ人でブルックリン市生まれのモスレム女性の私は、革新派にとって効果的な指導者だからである。つまり、私は彼ら保守派にとって最大の悪夢なのだ。

彼女がどんな指導者であるのか、その実態をネットともだちのリリーさんが左派の最新スターであるリンダ・サルソール
というダニエル・パイプス氏著のオプエドで紹介してくれている。(全文日本語訳は上記にてご参照のこと。)

パイプス氏はソーサーのことを『不格好なヒジャブの平凡で身なりの悪い女』、ツイッターなどで自ら「印象的な良いルックス」だの「私は美人だ」「私を撮ったこんな美しい写真」と自分の容姿をべた褒めする姿を『コケティッシュな虚栄心に耽っている』とし、『「素晴らしい人々」の一人として言及することによって、不器用にも自己膨張する。』とかなり辛辣に批判している。

下記はカカシなりのまとめ。

  • ソーサーは頻繁に間違いを犯す割には訂正というものをしたことがない。夫の名誉殺人によって殺された被害者の妻のことを反モスレムのヘイトクライムの犠牲者であるかのように言ってみたり、精神障碍者のホームレスを人種差別者に仕立て上げて、あたかも自分がヘイトクライムの犠牲者になったかのように吹聴して政治的点数稼ぎをしたりした。
  • 下着爆弾男のウマール・ファルーク・アブドゥルムタラブ(Umar Farouk Abdulmutallab)は、モスレムを陥れるためにアメリカ政府が雇ったCIA工作員だなどと言ったり、アメリカでは政府によってモスレムの子供たちが処刑されているなどと嘘でたらめを平気で言っている。
  • イスラム過激思想を促進している。サウジアラビアは産休が長いとかクレジットカードに利息が付かないなどと言って褒めたたえ、ジハード戦争を支持する意味の人差し指を立てるしぐさをして見せた。
  • イスラエルへの狂暴な攻撃姿勢。イスラエル防衛軍への投石を支持。ハマス工作員として90年代にイスラエルに投獄されたサラ・ソーサーと一緒に写真に写ったり、自分の男の親戚が何人もイスラエルの牢獄で囚役していると自慢している。
  • 歴史について完全無知。イスラム創設者のモハメッドが「人種的に公正な活動家」であり、人権主義者で、フェミニストで、環境保全家で、動物愛好家だったなどという妄想を持っている。奴隷制度時代の黒人犠牲など現在のモスレムが受けているイスラモフォビアに比べたら屁でもないと言っている。
  • ソーサーは本来なら味方であるはずの人々からの評判が悪い。同じくイスラム過激派のデビー・アルモンタサー(Debbie Almontaser)はソーサーの派手さや謙虚さに欠ける姿勢を強く批判。フェミニストのアキ・ムタリ(Aki Muthali)は彼女を人種差別者と呼んだ。(黒人奴隷に関する上記を参照のこと)反シオニストのIkhrasサイトでは「アフリカ系アメリカ人への醜い人種差別」意識を持っていると批判。また同サイトはソーサーは信念を持たない似非宗教家であるとも指摘している。
  • 自分への批判者に対して辛辣で下品な応戦をする。反イスラムとして有名なブリジット・ガブリエルとアヤーン・ヒルシ・アリ(Brigitte Gabriel、Ayaan Hirsi Ali)のことを(女性器切除の犠牲者であるアリにまで向かって)「あいつらの女性器を奪ってやりたい、奴らは女としての資格はない」と言っりした。

  • パイプスは、この無能で過激派で下品で派手な女がなんでイスラミストや左派に人気があるのだろうかと不思議がっている。

    また、ベン・シャピーロはソーサーの二枚舌こそがソーサーの過激さを証明するものだと語る

    ワシントンポストの紙面では「反モスレムを奏でる外国人差別および白人至上主義者ら」と控えめに書いていたソーサーだが、ツイッターではもっとはっきり「白人至上主義で右翼のシオニスト」と自分の敵を明記している。ソーサーのようなイスラム過激派にとって「シオニスト」とは最大の侮蔑語である。ソーサーはシオニストはフェミニストにはなりえないと以前から言っている。

    ソーサーが演説をぶったISNAというモスレム市民団体はエジプト発テロ軍団のモスレム同胞団の看板団体。起訴こそ免れたとはいえ、モスレム同胞団に資金を援助していたホーリーランド基金事件の共謀者と名指しされた団体。そういうグループと一緒に行動していおいてジハードが暴力的ではないなどと今更とぼけても無駄。

    先日、ソーサーを弁護してベン・シャピーロと一緒にフォックスニュースの番組に出演したモスレム市民団体ケア(CAIR)のハサーン・シルビーも同類。ケアもISNAと同じくホーリーランド基金事件での無起訴共謀者だ。シルビーはシャピーロの度重なる問いかけに対し、モスレム同胞団の糾弾を最後まで拒んだ。

    このようにジハードを暴力的な非モスレム撲滅運動とするテロリストと深い関係のあるソーサーが、ジハードは平和的な内面の葛藤だなどといくら言ってみても誰も信じはしない。

    信じるふりをしてソーサーの批評家を叩いているのは後退派左翼だけ。

    ソーサーは今回のことで右翼保守から脅迫状をもらったとか、家族の安否が脅かされたなどと被害者を気取っているが、彼女のスピーチは暴力的な保守派によって妨害されたりはしていない。彼女がニューヨークの大学で演説したときも、マイロ・イヤナポリス率いる抗議集会は平和的に別の場所で行われた。暴力があったとしたら、保守派の集会を邪魔しようとした左翼ファシストテロ軍団の「アンティファ」によるものだけだった。

    ソーサーはこういうことには慣れていないので、被害者ぶれば右翼保守を黙らせることが出来ると思っているようだが、暴力で言論を阻止されてきた保守派たちは、この程度のことではひるまない。かえってテロリストと深い関係にあるソーサーが後退派左翼のリーダーであることは我々にとっては都合がいい。彼女がどれだけとぼけようとジハードがどういう意味で世界のテロリストたちに使われているか我々は熟知している。

    ソーサーが後退派左翼の顔であるなら、我々が常に言っているように、自称穏健派モスレムの正体などこの程度のものなのだということが顕著になるはずだ。

    July 13, 2017, 現時間 9:04 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

    エントリーが気に入ったらクリックしてください。
    にほんブログ村 政治ブログへ    

    © 2006-2015 by 苺畑カカシ - All Rights Reserved