January 23, 2015

アメリカ一の英雄狙撃手「アメリカンスナイパー」を臆病者と呼ぶ馬鹿どもに見せたいね

クリント・イーストウッド監督のアメリカンスナイパーが今売り上げナンバー1になってる。この間のローンサバイバー同様、アメリカ海軍の特別部隊シールメンバーの自叙伝を元にした映画である。そしてローンサバイバー同様、断じて見るべし、カカシお薦めである。

カカシにとってアメリカンスナイパーとローンサバイバーの共通点は、映画になる前から主人公になった当人のことを知っていたということ。無論個人的な知り合いではないが、ずっとイラク・アフガン戦争を追っていたことから、彼らの名前は当時からニュースやブログで読んでいたからである。

アメリカンスナイパーの主人公クリス・カイルは以前にテレビのリアリティショーで芸能人と一緒に戦闘ゲームに出演したことがあり、保守派政治評論家のサラ・ペイリンの夫で犬そりレースのプロでもあるタッド・ペイリンがカイルのパートナーだったように覚えている。その番組を観てわたしはクリス・カイルがアメリカ一の狙撃命中記録を持つシールであることを知ったのだ。

この映画にはとくにあらすじというものはない。カイルはなんとイラクに四回のツアーを果たして生き残って帰ってきた男。しかも最初の出動後は辞めてもよかったはずなのに、その後も志願してわざわざ危険な場所へ行き、多くの海兵隊員たちの命を救った。この映画はそれぞれのツアーで起きた出来事のハイライトの集まりといっていい。

戦闘シーンは非常に現実味があり、その場にいる兵士たちがどれだけ短時間に状況判断をしなければならないかが切羽詰って伝えられる。自叙伝とはいえ、これは映画であり今現在起きていることではないとわかっていながら、私は自分がその場にいるかのように緊張した。実際に本人が帰国して自叙伝を書いたくらいだから、カイルは生きて帰ってくると解っているのに、それでも彼の身が案じられる。そこまで現実的な映画なのだ。

私は以前からビル・ロジオやマイケル・ヨンによる従軍記者の記事を読み漁っていたので、映画の一シーンで民家に隠れているテロリストを襲撃したときの状況などは、私が以前に読んだ記事を映画化したかのように、私が自分のなかでイメージしていた戦闘がそのまま展開されていて非常に奇妙な気持ちになった。

アメリカンスナイパーは最初の週末で売り上げ9千万ドルという快挙。普段なら夏休み封切りの高予算映画のみに期待されるような数字で、同時期に公開されたピーター・ジャクソンの「ホビット」の売り上げを上回った。クリント・イーストウッド監督のこの地味な映画は1月の穴埋め的な存在で、この二分の一の興行成績も期待されていなかったという。

この映画の予想外の大人気に左翼リベラルたちはかなり怒っている様子で、左翼プロパガンダ専門映画監督のマイケル・ムーアなどは、「狙撃兵は臆病者だ!」とツイッターで発言し、非常な顰蹙を買い、テレビのトークショーなどで散々叩かれた。またこの間北朝鮮の党首暗殺映画「インタビュー」を製作主演したセス・ローガンもナチスのプロパガンダを思わせるとツイッターで発言。これもまた非常な批判を受け、「思わせる、と言っただけで同じだとは言ってない」などと言い訳せざるおえなくなった。

一般に、イラク・アフガン戦争に関するハリウッド映画は反戦テーマでアメリカ軍を悪玉にするものがほとんどである。これらの反戦映画の興行成績は至って悪い。それについてハリウッド映画関係者はこれはいかにブッシュ大統領の戦争が不人気であったかの証拠だと言っていた。だがシールチーム紹介映画の「アクトオブベイラー」やちょっと前の「ローンサバイバー」や今回のような「アメリカンスナイパー」といったハリウッドの基準から言えば比較的低予算でも、アメリカ軍を善玉にした映画は大人気になる。アメリカの観客は戦争映画が嫌いなのではなく反戦映画、特にアメリカ軍を悪玉にした映画、が嫌いなだけでアメリカ軍がヒーローになる映画なら好んで観るというのが現実なのだ。

この映画はプロパガンダだと言う馬鹿どもがいるが、映画は単にカイルの狙撃の腕自慢だけで終わっていない。いかにアメリカ軍のイラクでの戦争が輝かしいものであったかというような描写もされていない。

地上で繰り広げられる混乱に満ちた戦闘のなか、カイルとパートーナーは屋上から周りを偵察。海兵隊員を待ち伏せしようとしている戦闘員を標的に冷静に殺していく。ただ、問題なのはテロリストは女子供を自爆攻撃に使うので、ロケット手榴弾を持った子供が米軍兵に近づけば、相手が子供でも殺さなければならない。カイルはそのことを決して軽々しくは感じていない。

やはり志願した弟と中途の飛行場でばったり出会ったとき、弟は戦場から母国へ帰還する途中だった。久しぶりに再開した兄に対してうれしそうな顔もしない弟。「こんな場所はくそ食らえだ」と完全に戦争に嫌気がさしている様子。そんなところに何度も志願して出かけていく兄の気持ちは理解できないようだった。

しかしカイルの心にも戦場でのストレスは大きな影を落としていた。四回のツアーといったが、数ヶ月に渡る出動期間を終えて自宅に帰ってくるカイルは、その度に戦場と現実とを切り離すことに苦労する。妻や子供と一緒に居ても、心はどこか遠くに離れているのを妻は感じている。そしてそれが帰ってくるたびに悪化していくことも。最後のツアーを終えて、もうこれで戦場には行かないと決心して帰ってきた時、カイルはあきらかにPTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかっていた。

妻のすすめで精神カウンセラーのもとへ相談に行ったとき、カイルはカウンセラーから「戦場でやらなければよかったと後悔していることはあるか」と聞かれ、「やったことで後悔していることはない。ただもっと仲間の命を救えなかったことを後悔している。」と語るところが反戦映画とはまるで違うところだなと思った。

確かに戦争は凄まじい。対テロ戦争は相手が相手だけに醜く悲惨だ。だが、カイルの悩みは殺した敵に対する罪悪感などというものではなく、救えなかった多くの同胞の命に対する後悔だった。そこでカウンセラーは軍事病院には彼が救える軍人がいくらもいると指摘する。

数年前に内地で「あなたに命を救ってもらった、あなたは私の英雄だ。あなたに救ってもらった仲間がたくさんいます。一度軍事病院にも来てください。」と言われたとき、自分の心に惑いのあったカイルはそのまま病院には行かないで居た。しかし、今回カウンセラーのすすめで軍事病院で負傷兵たちの話を聞いたり、彼らの復帰の手伝いをしているうちに、彼の心も救われていくのだった。

カイルの心が救われていくにつれ、観客の我々もほっと息をつく。

命がけで自由と平和を守ってくれているアメリカ軍に感謝の意を評したくなる映画である。是非お薦め!


キャスト

ブラッドリー・クーパー
シエナ・ミラー
ジェイク・マクドーマン
ルーク・グライムス
ナビド・ネガーバン
キーア・オドネル

January 23, 2015, 現時間 5:41 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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January 18, 2015

イスラムテロリストに同情する日本左翼の反応にちょっとびっくり

この間コメンターの方から日本でもヘイトスピーチを規制しようという動きがあるときき、ちょっと検索してみたらかなり深刻な状態になっているように思う。アメリカではヘイトスピーチとは右翼保守の発言であり、ヘイトスピーチコードといえば右翼保守の言論弾圧に他ならない。たとえば、この間から騒ぎになっている黒人による白人警官への憎しみに関するスピーチ「白人警官を殺せ」はヘイトスピーチとは言われないが、保守派が「警官に呼び止められたくなかったら黒人は普段から犯罪をおかさないべき」とか言ったらヘイトスピーチといわれること間違いなし。で、日本でもヘイトスピーチ規制は右翼保守の言論弾圧に使われつつあるように思う。

今回のフランスでのテロ事件において、何故か被害者のシャルリエブドやユダヤ系スーパーで人質になったユダヤ人四人及び警官ひとりへの同情よりも、被害者にも責任があったとしてイスラム教テロリストに同情する人間が日本にもかなりいるらしいということが解った。そして日本でも言論の自由の何たるかを根本的に理解出来ていない人が結構いるということもわかって苛立ちを覚えている。こんな意見はその典型

襲撃された新聞社が、どんな発信をしていたが故に襲撃されたのか。 表現の自由を守れ、というその守られた表現が何であったのかの考察は、しなければならないだろう。でなければ、在特会の表現の自由を守れ、と同じ話になってしまう。

では何かな、シャルリエブドが描いた内容によっては殺されても自業自得だとでも言いたいのか? そして笑ってしまうのは在特会の表現の自由は守らなくてもいいのだと簡単に結論づけてしまうところだ。在特会という団体がどういう性質のものかは知らないが、たとえこの団体がニオナチのような人種差別主義団体であろうとも、彼らの表現の自由は守られなければならない。言論や発言者によって言論や表現の自由を規制しても良いと言うのであれば、本当の意味での言論の自由は存在しないことになる。

さて、このフェイスブックを書いてるヨヘイミヤケなる人がリンクしたこちらのサイトは、いわゆる「テロは悪い、だが、、、」の部類。

言うまでもなく、襲撃犯たちの残忍な殺害は、許せないし糾弾されなければならない。それは大前提だ。その上で、私には、どうしても消せない疑問が残るのだ。そして世界中に「言論の自由を守れ!」の声が大きくなるにつれ、私の疑問は次第に増幅していく。それはあの「シャルリー・エブド」の「表現」は、ほんとうに「守れ!」と叫ぶべき「言論」だったのかという疑問である。私は、「朝鮮人を殺せ!」と公然と叫ぶ「在特会」(在日特権を許さない市民の会)が、それを非難する声に「表現の自由だ」と反論する姿を思い起こしてしまうである。

前にも書いたが、言論の自由によって守られない発言は幾つかある。それは、

  1. 暴力を誘発する発言。つまり「朝鮮人を殺せ」などと言って人々を扇動して特定の人々を殺す、もしくは傷つけようとする行為は基本的に言論の自由としては守られない。
  2. 劇場など多くの人が集まる場所で起きてもいないのに「火事だ」とか叫ぶ行為。多くの人をパニックに陥らせることが目的の発言は言論の自由としては守られない。
  3. 他人に冤罪を着せる発言。特定の人に犯してもいない犯罪の罪を着せ「カカシは幼児虐待をしている」などといって触れ回る行為は言論の自由としては守られない。

これ以外の発言、たとえば「旭日旗はナチスのスワスティカと同じだ」「天皇はアホだ!」「朝鮮人は皆野蛮人だ」「日本人は朝鮮女性を性奴隷にした悪魔だ」といった発言は、それがいかに下品で侮辱的で他人の感情を逆撫でする行為であろうとも言論の自由として守られなければならないのだ。

さて、トシクニドイという人間がさらに引用している高林敏之氏(西サハラ問題研究室主宰・早稲田大学理工学術院非常勤講師)のブログにおける「シャルリー・エブド」の「表現」については私は特に興味がない。何度も言うように内容は問題ではないからである。ただ「テロは悪い、だが、、」のこの部分がおかしいので引用する。

 「オランド仏大統領は事件を『表現の自由への攻撃』『野蛮なテロ行為』であると非難し、『フランスは団結した国だと示さねばならない』と呼びかけたのだそうだ。  この事件は例えるなら、『朝鮮人を殺せ』『汚鮮』『慰安婦は売春婦』などというヘイトスピーチを繰り返す在特会に対し、警察や司法が何らの措置もとらない(日本など京都朝鮮学校襲撃事件の有罪判決が出たのがまだ救いだが)ことに絶望した在日コリアンの誰かが、思い余って在特会の事務所を襲撃し幹部らを殺すようなものだ。  もし本当にこんな事件が起こったなら、殺人を起こしたこと自体はしかるべき裁きを受けねばなるまいが、その心情は充分に理解可能だし、ましてや在特のヘイトスピーチと差別主義が免罪されるわけはない。それを『表現の自由』『集会・結社の自由』に対する『野蛮なテロ攻撃』だから、これに反対して『日本は団結した国だと示さねばならない』などと首相が言い出すようなら、在特のようなレイシスト集団はやりたい放題だ。  オランドの発言はまさにそれと同じである。彼はフランス国民にいかなる『団結』を呼びかけているのか?イスラーム教を侮辱し、ムスリムを傷つけ、それに対するムスリムの抗議を排斥するための『団結』なのだろうか?

前にも述べたとおり、私は在特会の性質を知らないので彼らの言動について特に意見は持っていない。ただ、「朝鮮人を殺せ」という発言以外の、『汚鮮』『慰安婦は売春婦』という言葉遣いをヘイトスピーチと決め付けることに関して、やはり日本でもヘイトスピーチ規制は右翼保守の言論弾圧に使われるだろうと確信する。

この高林敏之なる人間は、世界中のイスラム教徒がイスラムの名の下でどれほどの悪行を行なっているのか知っているのだろうか?

イスラムは平和の宗教だと人は言う。テロは一部の一握りのイスラム教過激派によって起されていることだから、イスラム教徒というだけで差別すべきではない。イスラム教テロの脅威を指摘することはイスラモフォビアなのだという。

だが私は忘れない。911事件直後、在米イスラム教徒がアメリカの街中で祝福のお祭り騒ぎをしたことを。世界中のイスラム圏でテロを祝うドンちゃん騒ぎが行なわれたことを。彼らは無実なのか?無関係なのか?

もしも今回のパリのテロ事件が一部の過激派の仕業だというなら、何故世界中のイスラム教徒がこの凶悪犯罪を糾弾しないのだ?それどころかイスラム圏諸国で「よくやった」といわんばかりの賞賛が聞かれた。そのことを高林なにがしはどう説明するのだ、それでもイスラム教批判はイスラモフォビアの人種差別だというのか?彼らが直接関与せずともテロリストの行動を賞賛するなら彼らも同罪ではないのか?

シャルリエブドの下劣な漫画がテロにあっても自業自得だというなら、日がな夜がな非イスラム教徒は地獄に落ちろとキリスト教徒やユダヤ教徒を虐殺しまくっているイスラム教徒が西洋諸国から戦争を挑まれても文句は言えないはずだ。何故イスラム教徒の暴力は容認して、非イスラム教徒の言論の自由は弾圧してもよしとするのだ?

何度も言うが、私は在特会なる団体の実質をまるで知らない。だが、左翼リベラル連中がこうも必死に黙らせたいと思っている団体なら、彼らの言い分は一読の価値ありと見た。

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January 18, 2015, 現時間 7:27 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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パキスタンのキリスト教夫婦、生きたまま焼き殺される!誰にって、きまってるだろうが

パキスタンのイスラム教居住区に住むキリスト教徒の若い夫婦がコーランの一部ページを焼いたとして、1200人の暴徒に襲われ生きたまま焼却炉に放り込まれて焼き殺されるという事件が起きた。先日紹介した記事の著者ハサンが、なぜ何時もイスラムだけが暴力的な宗教として取りざたされるのかと質問していたが、こういうことをやるからだよ!

夫サジャード・マシー(Sajjad Maseeh)27歳、妻シャーマ・ビビ(Shama Bibi)24は、1200人のイスラム暴徒に取り押さえられ、逃げられないように脚の骨を折られた。暴徒は二人の腕と脚をレンガ造りの焼却炉のうえにかざし、二人の服に火がつくと、身体を焼却炉の中に放り込んだ。妻のシャーマさんは妊娠中で着ていた服にすぐ火がつかなかったので、暴徒らは一旦彼女をおろし、彼女の身体を綿でくるんで火がつきやすいようにして再び彼女を焼却炉のうえにかかげ、火がついたのを確認してから中に放り込んだという。

これが人間のやることか?

この夫婦への残虐な行為に対する世界のデモ行進はどこに?オバマ王のテロを糾弾する演説は何時やるのだ?

実は、イスラム教徒が権力を持つ地域では、パキスタンにしろ、シリアにしろ、イラクにしろ、アフリカにしろ、イスラム教でない少数派宗教は常にこのように残虐な虐待を受けている。特にキリスト教徒への虐待はひどい。彼らはモハメッドをおちょくる漫画を描いたわけでもなく、特にイスラムを冒涜するような行為をとったわけでもない。だがそんなことはおかまいなし。イスラム教徒はキリスト教徒と見ると、イスラムを冒涜したと言いがかりをつけて残虐行為を続けるのだ。

平和の宗教だ?

一握りの過激派の犯罪だ?

まじかよ~!

January 18, 2015, 現時間 10:48 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 17, 2015

欧州の対テロ運動に苦情を述べるイスラム教徒の矛盾だらけの発言

アメリカの左翼リベラルオンライン新聞、ハッフィントンポスト日本語版に掲載されたメディ・ハサンというイスラム教徒のエッセーを読んでいて、今風の日本語でいえば、「まじかよ?」と思ってしまった。彼は欧米の左翼リベラルの偽善さを指摘しているが(左翼リベラルが偽善者の集まりだということには賛成するが)、何故いつもイスラムだけが悪者にされるのだ、と苦情を述べている。はて、何故だろう?ことあるごとに非イスラム教徒であれば欧米人であれ東洋人(日本人も含め)であれアフリカ人であれアラブ人ですら拉致しては首をちょんぎってユーチューブに掲載したり、飛行機つかってビルに突っ込んだり、キリスト教徒の男たちを惨殺して女たちを冒涜して性奴隷にしたり、自分が気に入らない漫画を出版した出版社を爆破したり乱射殺害事件をおこしたり、、、、なんてことが影響しているのではないかなあ~、思うに、、、

このエッセーは次なる間違った観念から始まる。

リベラル論者のあなたへ、

あなたも私もジョージ・W・ブッシュが嫌いだった。9.11の後、「我々の味方か、それともテロリストの味方か」という幼稚な宣言を覚えているだろうか? けれども今、新たな恐ろしいテロ攻撃を受けて、あなたはブッシュのスローガンを焼き直したようにみえる。言論の自由に賛成か、反対か。「シャルリー・エブド」でないなら、自由を憎悪する狂信者だと。、

先ず第一に、ブッシュが言いたかったのは、「我々と共にテロリストとの戦いに参加しないのであれば、それはテロリストの味方をするのと同じだ」といったのである。ことテロリズムに関しては二者択一の選択しかない。悪との戦いに積極的に参加しなければ、それは悪を助長させることに他ならないからである。"Either you are with us, or you are with the terrorists."

第二に、シャルリエブドの言論の自由を守るべきと信じることは、シャルリエブドの思想に賛同するという意味ではない。フランス人は誰かに同情するときに「私は~だ。」と言う傾向があるようで、911事件直後にも、「私たちは皆アメリカ人だ」という新聞の見出しをみたことがある。私はフランス人ではないので、この意味をはっきりとは理解できないのだが、これは決して自分たちが同情する人たちの全てに賛同しているという意味ではなく、彼らに心から同情するという意味ではないかと思う。

言論の自由は自分が賛同する人の言論だけでなく、いや自分が反対する言論を守ってこそ真実の言論の自由といえるのである。このエッセーの著者ハサンはそれを理解できないのか、故意に理解できないふうを装っている。

ハサンのやり方は過激派イスラム教徒が文明人の振りをして文明社会に訴える聖戦プロパガンダの常套手段。先ずテロ行為を過小評価する。テロの原因は被害者にあると責任転嫁する。そして話を人種差別に摩り替える。

もちろん、あの攻撃は計り知れない悪のなせる業であり、無辜の人々を無慈悲に殺したことは決して許されない。しかし、あれは本当に(ITVのマーク・オースティンいわく)「言論の自由を暗殺する企て」や、(スティーブン・フライいわく)「思想の自由の神聖性を冒す」行為だったのだろうか? あの犯罪(戦争行為ではない)は、不満を抱えた若者が実行したものだ。そして彼らの過激化の原因は、2006年と2011年にヨーロッパで予言者の風刺画が描かれたことではなく、2004年のイラクでのアメリカ軍による拷問を知ったことだった。

「テロは悪い、しかし、、、」で始まる文章は、先ず読む価値はないといっていい。「テロは悪い」の後にくるのは終止符だけだ。その後には説明も補正も注釈も必要ない。

テロリストの目的がシャリルエブドが象徴するイスラム冒涜への制裁及び見せしめでなくて、アメリカ軍の「拷問」への抗議だったなら、何故米軍基地を襲うとか、米兵に襲いかかるとかしなかったのだ。なぜパリのシャルリエブドを選んだのだ。なぜ無関係なユダヤ人マーケットに立て篭もったのだ?意味がないではないか。社会に不満を抱かえただけの青年がイエメンのテロリストキャンプまでテロ訓練を受けに行ったりするか?これが戦争行為ではなく単なる犯罪なら、何故パレスチナ以外のイスラム圏諸国でこの行為が英雄行為として賞賛されているのだ?何故これが許されない犯罪行為だとして世界中のイスラム教徒から糾弾されないのだ?ハサンは知っているのだろうか、フランスはアメリカの同盟国として唯一人イラク・アフガン戦争への参加を拒んだ国だったということを。

はっきりさせておこう。ジャーナリストや漫画家を撃ち殺すことに正当性は一切ない。それは私も同意する。だが、人の神経を逆撫でする権利に責任が伴わないという主張には、私は同意できない。神経を逆撫でする権利は、逆撫でする義務になるわけではないのだ。

「人の神経を逆撫でする権利の責任」は他の意見を持つ人々からの糾弾や批判であって暴力による報復や政府による弾圧であるべきではない。私は同雑誌の漫画は嫌いである。品格に欠けえげつないものばかりであり読む気になれない。だから私の同雑誌への抗議はその雑誌を買わないことだ。もっと積極的に内容を批判するエッセーを新聞に投書するもよし、何かの演説で取り上げてもよし、それは人々の自由だろう。だが、それは断じて暴力や弾圧であってはならないのだ。

ハサンはシャルリエブド誌自身が人種差別をしたり違う意見を排斥したりしているのに、そのことを批判しないと苦情を言う。繰り返すが、シャルリエブドがどんな雑誌かということはこの際問題ではないのだ。

私が一番「まじかよ」と思ったのはこの部分。

イスラム教徒は、どうもキリスト教徒やユダヤ教徒の同胞たちよりも鈍感でなければいけないらしい。背景も重要だ。あなたは私たちに、予言者の風刺画を笑うよう求めながら、ヨーロッパ中のイスラム教徒への中傷や(最近ドイツに行ったことは?)、教育・雇用・公共生活に蔓延するイスラム教徒差別(フランスは特にひどい)を無視している。あなたはイスラム教徒に、一握りの過激派を言論の自由への実在する脅威として非難するよう求めながら、選挙で選ばれた政治指導者たちが言論の自由に遥かに大きな脅威を与えていることからは目を背けている。

馬鹿も休み休み言え!イスラム教徒ほど自分らのことを言われて敏感にそして暴力的に反応する宗教はない!アメリカではしょっちゅうキリスト教やユダヤ教が侮辱されている。だがイスラム教に対する侮辱など普通は一切できない。イスラム教徒ほど優遇されている宗教はこの世に存在しない。ヨーロッパ諸国でイスラム教徒が貧困生活を送っているとしたら、それはヨーロッパ諸国が悪いのではなく、移住した国の文化や法律を敬わずに自分らの野蛮な宗教をホストカントリーに求め、それがうまくいかないと暴力に訴えるイスラム教徒に責任があるのだ。

イスラム教徒によるテロが起きるたびに、イスラム教謝罪派の連中は言う。イスラム教は平和の宗教だ。テロは一部過激派による行為であり例外である。「一握りの過激派」の行為だけでイスラム教全体を糾弾すべきではないと。

だが、それが本当なら、何故ハサン、貴様からイスラム教徒によるすべてのテロリズムを糾弾しないのだ?なぜ常に「テロは悪い、だが、、」で始まる文章でテロの犠牲者となった人々がいかにテロを受けても仕方ないことをしていた悪い奴らでテロは自業自得だとテロ行為を正当化するのだ?

もしも同じことを他の宗教がしていていたら、その宗教はイスラム教ほど寛容な扱いを受けていないだろう。もうすでに世界中から糾弾されて排斥されていただろう。だが何故かイスラム教だけが寛容な扱いをうけてきた。その結果がこれだ。

ハサンに言わせれば、それでも足りないというのだ、これだけ欧州がイスラム教徒を寛容に受け入れ妥協し迎合してきたのに、まだまだイスラム教は虐げられているというのである。

繰り返し言う。

イスラムは惜しみなく奪う。

ハサンのようなイスラム教徒が言うことは敵の考え方として理解する必要はある。だが我々は、彼らが我々文明社会人の道徳心や寛大さに訴えるとき、彼らの不寛容で野蛮な宗教について再確認する必要がある。イスラム教徒が我々の寛大さに値する宗教であるか、これまでの奴らの行いについて見直す必要がある。イスラム教徒自身が本当に自分らの宗教が平和の宗教であり、文明社会と平和共存できる宗教であることを証明することができないならば、文明社会は断固としてイスラム教を排斥すべきである。

911以前の世界であったならば、イスラム教は平和の宗教というでたらめも信じられたかもしれない。いやそれでも、欧州がイスラム教徒によって攻撃される以前ならまだその幻想に惑わされていたかもしれない。だがシャルリエブド以後の世界でそんな嘘は通じない。

自由社会が「私はシャルリだ」というとき、それは「私もシャルリ同様、イスラムの脅迫には屈しない」という宣言だ。イスラムテロリズムへの宣戦布告だ。少なくとも私はそうであることを願う。

January 17, 2015, 現時間 2:20 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 16, 2015

ヨーロッパ、やっと対テロ戦争に本気になった?

2001年にアメリカで起きた911同時多発テロの直後、ブッシュ大統領はヨーロッパ及び他諸国(日本も含め)に呼びかけ、アフガニスタン・イラクにおける対テロ戦争に同盟国の参加を求めた。その時、フランスだけが戦争参加を拒否。ロシアもイラク戦争には不参加だった。賛戦派のアメリカ人は戦争当時、フランスの商品を自発的にボイコット。フレンチフライと呼ばれているフライドポテトは一部の人々の間でフリーダムポテトと改名され、一時期は私もミスター苺もそう呼んでいた。ワイン好きのミスター苺はあれ以来フランスワインを飲んだことがない。

さてさて、早送りして2014年。パリでの連続テロ事件。アメリカで3000余名の犠牲者を出した911ですら、欧州人の目を覚ますことが出来なかったのに、たった17人のフランス人の命が失われたとなるとヨーロッパ中で大規模な対テロデモ行進。ここ2~3日、フランス及びベルギー、ドイツなどで一斉にISISメンバーと思われる容疑者が次々に逮捕された。やっとヨーロッパも真剣にイスラムテロリストと戦う気になったようだ。

それでも「自分の身に災いが降りかからないと危険に気がつかないのか、なんて勝手な奴らなんだ」と批判するのは酷だろう。実を言うならば、アメリカよりもヨーロッパのほうがずっと長い間イスラム過激派の攻撃を受けてきていた。それはアメリカの911のような大々的な攻撃ではなかったが、蛙がじょじょに熱くなっていく湯にゆでられるように、ヨーロッパは少しづつ、少しづつ、実生活の中でイスラム教から攻撃を受けていたのである。

ヨーロッパ諸国では、イスラム教徒の多く居る貧民窟にはバスも行かなければ郵便配達人も入っていかない。警察すらも出て行かないからまるで無法状態なんてところがいくらもある。イギリスではイスラム教マフィアが完全に牛耳っている町で、白人の家出少女たちが売春を強要されている地区まである。

それなのに、地元のヨーロッパ庶民がイスラム教徒の悪行に少しでも苦情を述べれば、この間も紹介した女優のブリジッド・バルドーさんのように少数民族を侮辱したとかいって罰金を課せられたり、人種差別者扱いされたり、ときには作家のサルマン・ラシディー氏のように命を脅迫されたり、テオ・ファン・ゴッホ監督のように暗殺されたりしてきた。

そしてさらに、政府やメディアはそんなことが全く起きていないかのように振舞っていた。一般のヨーロッパ市民の心のなかでは悶々とこの理不尽さへの不満が募っていったのである。それが今回のパリでのテロ攻撃で堪忍袋の緒が切れたのだ。各国の政府もやっと目覚めたのかもしれない。

イスラムテロは黙っていても居なくならない。無視していてもなくならない。迎合しても放っておいてくれない。イスラムテロを撲滅するにはこちらからの積極的な攻撃が必要なのである。

ヨーロッパ諸国に在住するイスラム教徒は多いといっても、一番多いフランスでさえせいぜい国民人口の10%に及ばない。もしこれらの国々が本気でイスラム教徒の理不尽さと戦う意志があったなら、圧倒的多数のヨーロッパ人にイスラム過激派が勝てるはずはないのである。これまでヨーロッパ諸国がイスラム教徒の横暴を野放しにしてきたのは、ヨーロッパ人がイスラム教徒を馬鹿にしてその脅威を真剣に取り扱ってこなかったからだ。イスラム教徒の危険性を警鐘する人々を罰してきたのも、その危険を認識したら、なんらかの対応をせねばならないわけで、それにはお金もかかるし労力もかかる。ヨーロッパ諸国の政府はそれがわずらわしかったのだ。

この問題はヨーロッパだけに限らない。イスラム教過激派による我々への攻撃は暴力だけに限らない。いや、かえって暴力に裏づけされた脅迫のほうがずっと恐ろしい。今回テロにあったシャルリエブドに関する報道でも、言論の自由だの表現の自由だのといった文章とは裏腹に、アメリカの主流新聞はこぞって問題になった漫画の掲載を拒否。やたらに険悪な感情を煽りたくないという屁理屈。感情を煽るから意味があるんじゃないか!それで、漫画を載せたのは零細地方新聞や保守派雑誌やブロガーたちだけ。自分らで問題となっている漫画を掲載する勇気もないようなメディアが言論の自由だなんだとほざく資格はない。

アメリカ国内では、イスラム教の批判はやたらに出来ない。それはイスラム教徒からの報復があるからというより、多様文化だの寛容だのを強制するアメリカの教育界やメディアなどに叩かれ、学生なら退学処分、社会人なら人種差別の批判を恐れる企業から解雇されるなどという危険も十分にあるからだ。

だいたい大統領からしてイスラム教テロリストという言葉すら使えないくらいだから、一般人がどういう立場にあるかは想像がつくはずだ。これが10年もかけて何千人というアメリカ兵を犠牲にして戦った戦争の結末なのか?オバマのような非国民が大統領になったおかげで、せっかくの勝利が台無しにされてしまったのだ。もう少しだったのに、もう少しでアラブのテロリストの力を最低限に抑えておくことが出来るところだったのに。イラクも自由な民主主義になれるところだったのに、シリアだってリビアだってイランだって、オバマに自由社会の党首としてのリーダーシップがあったなら、本当の意味でのアラブの春が来ていたかもしれないのに。

オバマの馬鹿王のおかげで、世界はもっと危険な場所になってしまったのだ。

January 16, 2015, 現時間 9:01 AM | コメント (7) | トラックバック (0)

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January 13, 2015

オバマがパリの対テロ行進に参加しなかったのは見落としではない

オバマ王が政府官僚をパリの対テロ行進に送らなかった件について、ホワイトハウスは単なるフランス大使だけでなく、もっと高官を送るべきだったと認めている。しかし、これはホワイトハウスがうっかりしていたというより、オバマ自身のテロに対する心構えの問題なのだと指摘するのはバイロン・ヨーク

オバマ王は、対イスラムテロ戦争を主軸としたブッシュ政権と自分との方針の違いをはっきりさせるため、自分は平和時の大統領であるという前提で政策をとってきた。戦争大好きなブッシュ政権が終わり平和好きなオバマ政権の時代になったことを強調するためにも、オバマが終わらせたはずの対テロ戦争を継続させるわけにはいかないのである。

だからオバマはイスラム系テロリストの脅威を過小評価し、911規模のテロが起きない限り、あっちこっちで小さな乱射事件や爆弾騒ぎがあっても、それをテロと呼ぶべきではないという姿勢をとっているのだ。

ヨークは語っていないが、何故当時のクリントン国務長官がリビアのアメリカ領事のテロ攻撃を完全無視したのかといえば、リビアはオバマ政策のおかげでテロを撲滅し平和な国となったという前提があるからで、そんなこところでアメリカ領事がテロリストに殺されたと認めたらオバマの面子に傷がつくからだ。オバマ政権の虚偽の建前と面子のためにリビア領事及び職員が三人見殺しにされたのだ。

リビアだけでなくアメリカ国内でも、フォート・フッド陸軍基地乱射事件やボストンマラソン爆破事件などイスラム教徒によるテロが起きているにもかかわらず、オバマ政権はイスラムとテロとを結びつけるのを拒み続けている。今回のパリのテロ事件すら、ホールダー司法長官は、これがイスラム教徒によるテロ行為かどうかわからないなどと訳のわからないことを言っている。

オバマ王がパリの乱射事件を学んだとき、オバマ王は演説ツアーの最中だった。こんな大事件が起きたにも関わらず、オバマは日程を変えずに一言二言事件について述べただけでホワイトハウスに戻っても来なかった。

オバマ王は現実社会に生きていないのだ。欧米が全世界がイスラムテロリストに宣戦布告されたのに、すでに攻撃が始まっているのに、オバマはそのことに気がついていない。一匹狼があっちこっちで乱射事件起したからって何なんだ、俺にはもっと大事な仕事があるんだ、(オバマケアとか)てな調子なのだ。全くこんな男がアメリカの大統領なのかと思うと情けない。

January 13, 2015, 現時間 3:24 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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オバマ赤面、米軍ツイッター、イスラムテロ軍にハッキングされる!

先日、米軍のツイッターがISISによってハッキングされるという恥かしい出来事が起きた。以下省略して抜粋。

日本時間13日未明、(中東地域を担当する)アメリカ中央軍のツイッターやユーチューブのアカウントがハッキングされました。ツイッターでは、中央軍のプロフィール写真がアラブ装束の男性に差し替えられ「アメリカ兵たちよ、覚悟しておけ。イスラム国」などとテロを予告するかのようなメッセージが、アメリカ軍関係者の氏名や連絡先などとともに掲載されました。画面にはこのサイバー攻撃について「サイバー・カリフ」を名乗る団体が、イスラム国の指導のもとに行ったと書き込まれていて、今後も攻撃すると宣言しています。ツイッターの乗っ取りは40分ほど続き、その後中央軍がアカウントを一時的に閉鎖しました。

 中央軍は、「軍のネットワークに問題はなく業務に支障は出ていない」としていますが、アメリカ軍関係者の個人を特定する情報や個人的な画像が公開された事について対応を検討しています。(13日10:36)

偶然にもこれは、オバマ王がサイバー警備に関して演説をぶってる最中に明らかにされたもの。オバマ王はサイバー警備のために新しい法案を二つ提案するつもりだと語っていた。法案なんか出してるばあいじゃないだろうが。

軍は被害内容を明らかにしていないが、軍関係者の個人情報がテロリストに漏れたということは、今後軍人の家族がテロ攻撃の対象とされる可能性もあり、事態は非常に深刻である。

こういうことが起きるのも、オバマ王が国土安全保障及び防衛に全く力を入れていないからだ。米政府のネットワークがハッキングされたのはこれが最初ではない。去年の10月にも全国選挙を目前にホワイトハウスのネットワークがロシアによってハッキングされ、数週間に渡りネットが接続不可能になるという大事件が発生した。このことがおおっぴらにならなかったのは、アメリカ左翼メディアがホワイトハウスの失態を隠したからで、このことが公になっていたら、共和党の勝利はもっと大規模なものとなっていただろう。

オバマが提案するサイバー警備の法案なんて、どうせ一般市民の言論の自由を奪う法案で、実際に警備などには無関係であるに違いない。

こうやって自分らの力不足で政府や軍の秘密がどんどん敵に垂れ流しになっているにもかかわらず、オバマ政権のエリック・ホールダー連邦司法長官は、元陸軍将軍で元CIA局長だったペトラエウス将軍を国家機密漏洩の罪で起訴しようとしている。ペ将軍はCIA局長の頃、ジャーナリストの女性と不倫をしていたことで局長の座を自ら辞任したのだが、その際、この女性のコンピューターに国家機密がファイルされていたことが発覚した。ペ将軍は、彼女に国家機密を渡した覚えはないとし、彼女もジャーナリストなので自分で取材して手に入れたのだと主張している。なんにしても、彼女はこの情報を全く公開していないし、敵に悪用されるようなことは一切していない。

これに比べてペ将軍が局長を務める以前のCIA内部の人間が国家機密をニューヨークタイムスに流し、それが大々的に報道された事件や、オバマ自らが軍の了承なしにビンラデン暗殺内容を大々的に公表してしまった過去を考えると、対テロ戦争に一番貢献したペトラエウス将軍を起訴するなど言語道断である!

イスラムテロリスト達は、オバマの馬鹿さ加減をあざ笑っていることであろう。せっかくブッシュがアルカエダを壊滅状態に追い詰めたのに、オバマがブッシュの功績を台無しにしてしまったのだから。

January 13, 2015, 現時間 3:14 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 12, 2015

フランスのユダヤ人に未来はあるのか?

ここ数日、ブログに書きたいことがたくさん起きてしまい、すべてを書いている時間がない。先ず昨日フランスのパリで行なわれた反イスラムテロのデモ行進は、世界各国の首脳を集めた何百万人という数の行進となった。ドイツやイギリスの首脳はもちろん、イスラエルからはネタニヤフとパレスチナのアバスが肩をならべて参加という前代未聞の出来事となった。

(フランスの)オランド大統領を中心にメルケル独首相、キャメロン英首相、レンツィ伊首相、ラホイ・スペイン首相らが腕を組み行進した。パレスチナ問題で対立するイスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長ら、約50カ国・地域の首脳・閣僚が参加した。共和国広場に集まった市民は100万人規模に上ったようだ。行進前には、オランド大統領が各国首脳らを大統領府(エリゼ宮)に招き、各国がテロとの戦いを協力して進めることを確認した。

そんな中、きわめて目立って欠席している国があった。それは誰あろうアメリカである!アメリカは大統領のオバマはもちろんのこと、バイデン副大統領も普段からフランス語堪能なことを自慢しているケリー国務長官もフランスに滞在していたホールダー司法長官すら行進に出席せず、アメリカ代表はアメリカ大使のみ。対テロ戦争はブッシュの代からアメリカが指揮をとってきたというのに、オバマの代になってその指導権は完全に放棄された。

あ、でもお仏蘭西だけはブッシュの呼びかけた対テロ戦争に参加しなかったのでおあいこだ、なんて言ってる場合じゃない!対イスラム戦争は仏蘭西だけの問題ではないのだ、アメリカが指揮を取らずして誰が取るんだ!いつまでも後方から指揮を取るなんて暢気なことを言ってては戦には勝てぬ。

イスラム教過激派の台頭により、フランス在住のユダヤ人は非常な脅威を感じている。過去十年間、在仏ユダヤ人はイスラム系移民によってことあるごとに圧力を受けてきた。ユダヤ青年たちはモスレム不良からしょっちゅう暴力を奮われているし、ユダヤ系の店やお寺がモスレムによって破損されるのは日常茶飯事。この間のテロ犯人もユダヤ系スーパーに立て篭もって人質のユダヤ人四人を殺害した。

数週間前にも、急病で倒れた老人が救急車を呼んだところ、電話に出たオペレーターがモスレムで、患者が名前からユダヤ系とわかると、ユダヤ人に救急車など呼んでやらないと断られるという事件が起きた。現在はパリからはユダヤ系が大量に脱出しているとかで、今後在仏ユダヤ人の将来はどうなるのか懸念される。

今やフランスのイスラム教徒はフランス人口の10%にも及ぶとか、地域によってはイスラム教徒が大多数というところもあり、そんな場所ではユダヤ人の安全は先ず保てない。フランスはこんなことになってから対テロ戦争に目覚めてみても、ちょっと遅いのではないか?

対イスラム移民意識が高まり、欧州では右翼派の力が増しているというのは事実でも、これもまたユダヤ系にとっては複雑だ。欧州は右翼でも左翼でもユダヤ系を嫌う風潮があるが、特に移民反対の国粋主義者のなかには反ユダヤ思想も強い。イスラム教徒を追い出してくれるのはいいが、それ成功したら、今度はユダヤ人排斥へと続くのではないか、という心配も大いにある。

欧州のユダヤ系はまたまた苦しい立場におかれている。

それにしても、どうして何時もユダヤ人なのだろう?

January 12, 2015, 現時間 10:38 AM | コメント (1) | トラックバック (0)

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January 11, 2015

黒人生徒の人種差別ツイートを指摘した白人学生が反対に人種差別の汚名を着せられる訳

前回のエントリーで私は自分の価値観を侮辱する意見こそ守られなければならないと書いたが、それをしないとどういうことになるかという典型的な例を読んだので、書いておきたい。

ブランディーズ大学の黒人女子学生カディーシャ・リンチが、先日監視中のパトロールカーに乗っていた二人の警察官が暗殺された件に関して、「殺された警官に同情など出来ない」とか「アメリカに聖戦を挑む」「なぜ黒人はこの国をやきはらってしまわないのだろう」などといった非国民的で人種差別的なツイートをした。彼女の口座は今は関係者のみの非公開になっているが、当時は誰でも読める公開口座だった。リンチは大学でも黒人生徒会長などをやって活躍する権力者だったことでもあり、彼女の発言は注目すべきだと判断したのが、同大学の白人男子生徒で大学新聞の記者でもあるダニエル・マエル。

マエルは彼女のツイート内容をそのまま自分のフェイスブックで紹介したところ、反対に完全な人種差別者扱いをされ、暴力的な脅迫メールや電話などがかかてくるようになったと言う。しかも大学は、彼の報道の権利を守るどころか、黒人女子生徒をストーキングしているといって退学の勧告までしたという。まったく話がさかさまである。

これについて言論や表現の自由について色々書いている有名な弁護士、アラン・ドーシュイッツ教授は「ミス・リンチには無論このような卑しむべき見解を持つ権利がある、それが公共の場であろうと私生活であろうと。ナチス、KKKや他の偏狭者が彼らの見解を表現する権利があるように。」

リンチが自分の公開ツイートで書いたことをそのまま紹介したマエルのことを「中傷された」といい始めたことに関して、同教授は 「誰かが掲載した言葉を再掲することは中傷や誹謗やその他の名誉毀損にはなりえない。なぜなら、自らが自らの発した言葉によって中傷されるなどあり得ないからである。」

マエルはリンチが公共ツイートでこんなことを書いてるよ、と紹介しただけなので、法律上これは名誉毀損などというものにはなり得ないのだと教授は言うのだ。

だが、法律がどうでもこれは大学構内のこと。この大学はいみじくもオランダで反イスラム運動をしていたアフリカ系女性議員を招いておきながら、イスラム教生徒らの反対にあってキャンセルした大学でもあり非常に左翼リベラル偏向が強い。だから左翼リベラルの発言はどのような人種差別に満ちたえげつないものであっても見てみぬふり、いやそれどころか奨励すらするが、それを「おかしいのではないか」と指摘したら最後、人種差別者呼ばわりされて退学の危険すらあるのだ。

リンチは生徒会を煽ってマエルの処分を要請する署名運動を行なった。東洋人生徒会もこれに同調して一緒にマエルを責め始めた。(なんで?殺された警察官の一人は中国系なのに。)

マエルを支持する生徒たちが存在しないわけではないが、学校側や権力ある左翼リベラル生徒からの報復を恐れて沈黙を守るしかない。マエルに同意する生徒は報復を恐れて匿名でメルアドを作ってそこからメールを送ってきたりしているという。

アメリカの大学はどこもかしこも左翼思想に独裁されている。左翼思想ならどんなひどい内容でも許容され奨励されるが、それに反発するとヘイトスピーチだ、セクハラだ、ストーキングだ、といわれて潰されてしまう。だから大学構内において保守派には言論の自由は存在しない。

自分の持つ価値観を侮辱する発言を保証してこそ言論の自由は守れるのだといったのはこれが理由だ。

ところでここでひとつ不思議なことがある。リンチは自分の言ったことを後悔していないという。自分の言ったことを誇りに思っているのであれば、それを再掲されたことを怒る理由がどこにあるのだ?リンチは自分が細々と書いていたツイートを紹介してもらってマエルにはお礼こそ言え文句を言う筋合いなどないではないか。

多くの人が誤解しているが、言論の自由とは好き勝手なことを言って誰からも批判されない自由ではない。言論の自由という権利には自分の言ったことに責任を持つ義務がついてくるのだ。

本来ならば大学という教育の場が言論の自由とはなんぞやという正しい見解を生徒に教えるべきだ。だが、今の大学は左翼リベラルの思想を推し進め保守派の意見を撲滅するため生徒たちを洗脳しているのだ。

こんな大学、高い授業料払って行く価値があるのだろうか?

January 11, 2015, 現時間 2:29 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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それでも言論の自由は守られねばならぬ

昨日のエントリーに関してコメントを頂き、その返事を書いているときに、この会話は以前にも別の人としたことがあったな、と思い出した。それでもう一度以前に書いたエントリー「言論の自由とは何か?」(2・16・2008)を読み返してみた。当時書いたことと今とこの件に関する私の意見は全く変わっていない。特にモハメッドの漫画のことにも触れているので抜粋したい。だが、考えさせられたコメンターさんのコメントを紹介しておこう。

下記投稿者名: goldbug

それでもある人たちが最も大切にしている価値観でも、言論の自由のためにはどれだけ侮辱しても許されるというのも、ちょっと違和感がありますね。
確かアメリカにはウェストボロ・バプティスト教会というのがあって、イラクやアフガニスタンで戦死した兵士の葬式に押しかけて、「神様、アメリカ兵を殺してくれたことに感謝します」、「アメリカはオカマの国」、「神はアメリカが嫌い」、「911テロは神の意志」、「アメリカ兵が死んで神様は笑っている」などと、それを見た家族が一体どんな思いをするだろうかと思うようなプラカードを掲げている団体があると聞きました。さらにアメリカの裁判所はそれを言論の自由として認めてしまったとか。私などは、これも一種の行き過ぎた原理主義ではないかと思ってしまいますね。

goldbugさんのおっしゃることは非常にもっともだと思う。だが、あえて言わせてもらうならば、自分が「最も大切にしている価値観」を侮辱されたときこそ、その言論の自由は守られなければならないのだと。しかしながら、強調しておきたいのはこの点。

無論言論の自由とは自分勝手なことをいって誰からも批判されない権利という意味ではない。私が他人の気持ちを傷つけるような言動をとった場合、社会の人々から私のそのような発言を批判されたとしても文句はいえない。たとえば私がラジオのDJで、特定の少数民族を侮辱するような発言をしたとしよう。このことによって私は警察に逮捕されるべきではない。しかし、腹をたてたリスナーの人たちから苦情が殺到して、ラジオ局が私を解雇したとしても、リスナーには苦情を述べる権利があるし、ラジオ局には私を解雇する権利があるのだ。

悪意によって他人を傷つける言葉を発した場合には、法律ではなく社会が制裁すべきだというのが私の主張だ。つまりいつも暴言を吐いて失礼なことや馬鹿なことを言っているひとは、その人が所属する社会が批判するなり村八分にするなり抗議するなりすればいい。 政府が法律で口をはさむべきではない。

言論の自由という権利は個人が元来持っているものではあるが、他人の言動によって自分の気持ちが傷つけられない権利などというものは存在しない。であるから仮にそのような言動が悪意に満ちたものであったとしても、その言動によって傷付かない権利など政府が守る義務がないどころか、政府はそのようなことに口出しすべきではないのだ。なぜならそのような権利を守ろうとしたら、それは必ず言論弾圧に結びつくからである。

以前にカナダの人権擁護審議会で質問を受けていたレバント氏の話をしたことがあるが、彼が審査員から「あなたがモハメッドの漫画を掲載した意図はなんだったのか」と質問された時、彼が自分の意図は出版の自由という自分の権利を施行することであり、たとえそれによってイスラム教徒らの気持ちが逆なでされようと自分にはそうする権利があるのだと語っていた。

言論の自由とは自分が気に入った言論だけを許可するというものではない。悪意に満ちた発言で自分ではとうてい賛成できないような発言でも保証されなければ、いやそういう発言こそ保証されなければ真に言論の自由があるとはいえないのである。

「悪意のある発言は禁止する」などという法律が実際に通ったら、それこそこれは思想コントロールである。同じ言葉を使うにしても善意で使う分にはかまわないが、悪意で使った場合は法律違反などということになったら、我々一般市民は恐くて何もいえなくなる。いったい悪意だの善意だの誰が判断するのだ?政府か?人権擁護審議会か?

ちょうど日本で人権擁護法なるものが議論されていたときだったのでこういう展開になった。

多くの左翼リベラルはイスラム教に迎合することでイスラム教の魔の手から逃れられると勘違いしている。だが実はそうではない。今回のテロはフランスがイスラム教の神経を逆撫でしたから起きたのではなく、フランスがイスラム教の横暴に甘すぎたから相手が付け上がったのである。

何度も言う。イスラムは惜しみなく奪う。

軒先貸して母屋取られるである。イスラム教の横暴に屈してはならない、少しでも譲ってはならない、相手はこちらの譲歩や思いやりなどに感謝するどころか、それを我々の弱みと取ってどんどん無理難題を吹っかけてくる。彼らの最終目的はイスラム教による世界完全制覇なのだ、平和共存などあり得ない。そのことを我々は肝に銘じておくべし。

これはフランスだけの問題ではない。アメリカもそして日本も他人事のような顔をしていてはいけない。アメリカの陸軍基地フォートフッドで一匹狼のイスラム教徒による乱射事件があった際、以前から犯人のハサーンの挙動がおかしいと周りの人々は気がついていた。だが、彼がイスラム教徒だったので、やたらなことを言うと人種差別者とかハラスメントだとかいって反対に罰せられる可能性があり、誰も予防処置をとらなかったのだ。このばかげたポリティカルコレクトネスが数人の命を奪うこととなったのである。

何故我々はいつまでもイスラム教に遠慮ばかりしているのだ?他の宗教だったらこんなことは絶対にあり得ない。アメリカではキリスト教、特にカトリック教徒がさんざんひどい侮辱にあっている。クリスマスはキリスト教のお祭りだから公共施設にツリーを飾るなとか、同性愛者らがプロテスタントの教会で式をあげさせろと要求したりしている。もちろんユダヤ教は常に侮辱の的。コメンターさんがあげたウエストボロのアホ宗教についても一部の親戚親族以外の人たちは馬鹿にしきって相手にもしていない。

自分は無宗教だといって既存のユダヤ・キリスト教の教えはぼろくそに攻撃する奴らも、イスラム教だけは批判しない。それはユダヤ・キリスト教徒は頭にきても暴力で報復するなどということはしないことを無宗教家らは十分に承知しているからだ。無宗教家にとって一番の敵はイスラム教のはずなのに。

ここに奴らの偽善が丸見えになる。

なんか話がとんでしまったので、このへんにしておこう。

ところでアメリカの憲法補正項目第一条で保証されている言論及び宗教の自由だが、これを実際に守っているのが憲法補正項目第二条なのだ。その理由が何か読者諸君にはお分かりかな?

January 11, 2015, 現時間 11:01 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 10, 2015

高まるパリのイスラムテロ犠牲者を責める声

もう始まった。犠牲者への叱責が。私がイスラム教が嫌いな理由はテロリスト自身は別としても、常識ありそうな普通のイスラム教徒でも、こと対西洋のテロ攻撃になると必ず「テロは悪い、、だが、、」と犠牲者にも責任があるという言い方をして、テロリストを完全に責めないことだ。

しかし、イスラム教徒がテロリストに同情するのは仕方ないとしても(イスラム教自体に問題があるのだから当たり前である)何故、欧米のリベラルはこぞって犠牲者を攻め立てるのか?

私自身シャリルエブドの漫画は下品でえげつないものが多く好きではない。が、言論や表現の自由は自分が気に入らない見るに耐えないようなものを守ってこそ意味がある。特に政治的に正しくない表現こそ守られなければならない。何もかもディズニー漫画みたいだったら別に表現の自由など保証する必要はない。

テレビの政治評論番組で、西洋のあらゆる評論家たちが、シャリルはもっとイスラム教の感情に敏感であるべきだったとか、もっと気を使うべきだった、まるでイスラム恐怖症だ、レイシストだ、といった表現をし、だからテロにあっても当たり前とでもいいたげである。

これはナショナルレビューのイアン・タトルも書いているが、自己防衛や防犯スプレーですら「強姦の犠牲者を責めている!」とかいって怒る連中が、なぜイスラム教テロリストの犠牲者に対してだけは、「犠牲者にも責任がある」となるのだろうか?

イスラム教テロリストはキリスト教徒の村を焼き払い、男たちを惨殺して女たちを散々強姦したうえに、それこそ性奴隷として売り飛ばしたり自分たちで虐待したりしている。ISISはシリアで次々に女性にセックスを強要しようとし、抵抗した女性150人あまりを惨殺した。イスラムテロリストは西洋人記者の首をちょんぎってその動画を誇らしげに公開している。そんな奴らの感情に敏感に対応しろだ?冗談も休み休み言え。

評論家のひとりが、テレビのインタビューで、「欧州の右翼たちは、イスラム教は不寛容なので、その対応は排斥だけだと言っている」と語った。この評論家は欧州の右翼を批判していたのだが、私はこの右翼たちの意見に賛成だ。不寛容を寛容に受け入れたら不寛容に制覇される。どんな意見も受け入れるべきという考えと、自分の意見だけが正しい、という考えは相容れないからである。

実は左翼リベラルが言論の自由を嫌うということは以前にも書いたことがあり、繰り返すのもなんなので、当時のエントリーをそのまま再掲させてもらう。

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October 23, 2010
イスラム教の脅迫を悪用、アメリカから言論の自由を奪うアメリカ左翼
人権擁護法 , 宗教と文化 , 対テロ戦争 , 独裁者オバマ王の陰謀

言論の自由が危ないんだ。解らないか? 本当なら、俺たちはみんなでモハメッドの漫画を描いて、俺たちは皆言いたい事を言う権利があるという信念の元で団結してることをテロリストや過激派たちにみせつけてやるべきなんだ。考えても見ろよ、今まで言論は自由だといって立ち上がるのは簡単だった。なぜってここ数十年俺たちはその権利を守るために危険を犯す必要などなかったからな。だが、今やその時が来たんだよ。もし俺たちが今、身の危険を犯してまで今あるものを守る気がないんなら、言論の自由は信じるだけで守れないってことになるんだ。

これはサウスパークというアメリカのテレビ漫画の中で、登場人物の一人が言った台詞。実は今年の4月、サウスパークはイスラム教の救世主モハメッドをおちょくる内容の番組を放映して、国内のイスラム教過激派から脅迫をされている。

イスラム教ではキリスト教と同じように偶像崇拝を禁止しているが、イスラム教はそれが行き過ぎて、救世主の姿を描いてもいけないという掟がある。サウスパークではそれをおちょくって、モハメッドの姿を描かずモハメッドに熊のぬいぐるみを着せて登場させた。それが国産のイスラム教徒の怒りを買い、レボリューションモスラムというブログサイトでは、サウスパークの製作者であるテリーパーカーとマット・ストーンは「セオ・バン・ゴッホのような目にあうだろう」と言って、イスラム批判映画を制作したことで過激派に惨殺されたゴッホ映画監督の名前を引き合いに出して脅迫まがいの文章がかかれた。

暴力を恐れたテレビ局は問題のエピソードや他のエピソードからイスラム教を怒らせると思われる音声を消すなどして大幅な検閲を行った。

サウスパークのエピソードは以前にオランダでモハメッドをおちょくる一こま漫画をめぐって起きた、諸国でのイスラム教徒による言論弾圧を批判しているわけだが、アメリカでもイスラム教の魔の手が伸びて来ていることは今や明白だ。

だが、ここで実際に問題なのはイスラム教による脅迫ではなく、それを利用して言論の自由を奪おうとするアメリカ左翼なのである。

今やアメリカでは、何もコーランを燃やすなどという極端なことをしなくても、モハメッドとかイスラムという言葉を批判的な内容で口にするだけで、やれイスラモフォビアだの人種差別だの宗教弾圧だのと言って左翼連中から吊るし上げを食う。

例えばこの間も、ノンセクエターという一こま漫画で「モハメッドはどこ?」という漫画にパニクった主流新聞数社が掲載を拒否するという事件がおきた。この漫画にはモハメッドは登場せず、人や動物が公園で平和な一日を過ごしている最後に「モハメッドはどこ?」と一行書かれているだけ。過激派から脅迫状が届いたというわけではなく、そうなるのを『恐れた』新聞社が最初から掲載を拒絶したのである。

つい先日も、イワン・ウィリアムスというリベラル政治評論家が左翼リベラルから忌み嫌われているフォックスニュースの番組で、「イスラム教の服装をしている人が飛行機にのってくると心配になる。」と言ったことを理由にウィリアムス氏は氏が所属するNPRというテレビ局から解雇されるという事件が起きている。ミスター苺に言わせると、イスラム教批判は単なる口実であり、ウィリアムス氏が解雇されたのは、左翼リベラルのNPRはリベラルなウィリアムス氏がフォックスニュースに出演することによって、フォックスが保守の意見だけでなくリベラルの意見も放映しているという「公平で均衡」というスローガンに手を貸したことが許せないのだと言う。左翼リベラル以外の言論を一切認めないNPRは、敵のフォックスが公平に見えるようにウィリアムスが手を貸したことは裏切りであり、今後そういう裏切り者が出ないように手厳しく罰する必要があったのだ。

左翼やリベラルは普段は自分らこそが言論の自由を守るチャンピオンのようなことを言っているが、実際には現代社会で左翼リベラルほど本当の意味で言論の自由を嫌う思想はない。

ヘイトスピーチだセクハラだと人種差別だなんだかんだと言って、ちょっとでも他人の気持ちを害するようなことは言ってはいけないと、次から次へと言えない言葉を作り上げて行くのは左翼リベラルだ。それでいて自分らは全く不適当な場所で好き勝手なことを言って憚らない。

他人の葬式だの卒業式だの、政治討論が全く不適切な場所で突然保守批判をはじめるリベラルなんぞいくらでもいるが、場所柄を考えて遠慮している保守派をあざ笑うようにリベラル連中は大声張り上げて保守批判を続ける。たまりかねた保守派が注意したり反論したりすれば、「場所柄も考えずに政治の話を始めるなど不適切だ!」と言って、まるでこちらが悪いみたいに言い出すのもリベラル。

それもそのはず、左翼リベラルにとって、左翼思想は政治でもなければ思想でもない。かれらにとって左翼リベラル思想こそが唯一つの真実なのであり、それに異見することは悪であり撲滅されなければならないのだ。

左翼連中が敵と見なす考えを黙らせるやり方は、アメリカだけでなく日本でも横行している。以前に曾野綾子氏が「用心すると言う事」というエッセーを発表した後の左翼フェミニストたちのヒステリーぶりを思い出してもらいたい。彼女たちは被害者の自己責任について討論するのではなく、その討論自体が悪だといって自己責任や自己防衛を説く人を頭から黙らせようとした。よかれと思って自己防衛論をとなえた人々を「二次強姦だ!」と言ってけなし、純粋に強姦を防ぐ対策を考えた人々を威嚇し萎縮させた。もしあの時、「私は単に防犯の話をしたつもりだったのに、被害者を傷つけることになるなんて、今後はやたらなことは言わないように気をつけよう」なんてあなたが思ったとしたら、それこそ彼女たちの思うつぼだ。

左翼リベラルは善良な市民の良心や罪悪感に訴えて相手を黙らせ服従させる手段を常に駆使していることを忘れてはならない。

そんなことを言うと、ちょっとカカシさん、それはあなたの被害妄想でしょう。単にあの人たちは差別意識をなくすために、他人の気持ちを害するようなことは避けようと言ってるだけなんじゃないですか、と言うひともいるかもしれない。

だが、もしそれが本当なら、グランドゼロにおける聖廟建設はどう説明するのだ?

オバマ王をはじめ左翼リベラル連中はグラウンドゼロにおける聖廟建設計画を支持している。3000人からのアメリカ住民がイスラム過激派に惨殺された場所に、その宗教を讃える建物を建てる行為は無神経ではないのか?被害者やその遺族たちの気持ちをひどく傷つける行為ではないのか?国民の70%が気分を害しているのに、その気持ちを尊重するどころか、かえってイスラモフォビアだと批判する行為は、イスラム教を優遇しアメリカ市民を冷遇するアメリカ人への差別ではないのか?

アメリカのフェミニストたちが男尊女卑の最たるイスラム教を批判しない事実については、カカシは何度となく書いて来たとおり。フェミニストが本当のか弱き女性の味方ならば、イスラム圏諸国の女性虐待を率先して批判すべきであり、タリバンなどのテロリストと闘うアメリカ軍を積極的に応援すべきである。

左翼リベラルは口でなんと言おうと、言論の自由など信じてはいない。いや、それどころか左翼リベラル以外の言論は撲滅されるべきだと信じている。イスラム教徒による脅迫は左翼リベラルにとって都合のいい口実でしかない。左翼リベラルがイスラム教過激思想を支持するのは、イスラム教が現在の自由社会を破壊するために便利な道具だからなのであり、それによって自由社会滅亡後はイスラムなど追い払って自分ら左翼リベラルが独裁権を持とうと考えているのだ。

この悪の同盟はどっちが勝っても世の終わりを意味する。

我々自由を愛する文明人は、決して彼らに独裁権を取らせてはならない。そのためには危険を承知で危ない事も言わなければならない。危険を承知で意見を述べることが出来ないなら、サウスパークが言うように、言論の自由は信じるだけで守れないってことになるんだ。

January 10, 2015, 現時間 1:23 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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フランスはイスラムテロリストに立ち向かう勇気があるのか

ここ数日、連続して同一イスラム教テロ犯人によるテロリズムにより、17人というフランス人が命を落とした。最初に襲われたのはフランスの風刺週刊誌シャルリエブド。モハメッドをおちょくった漫画を再掲したことで爆破テロの被害者になったこともあった。今回の乱射テロで漫画家を含む12人の従業員が射殺された。犯人の一人は翌日自首してきたが、残りの三人は逃走。二日後パリのユダヤ系のスーパー二店で別々に立てこもり、警察の突入によって犯人二人が射殺されたが、残念なことに人質四人も殺されてしまった。犯人の一人は乱射事件の直前に警察官を一人殺していた。もうひとり女テロリストがまだ逃走中。

フランス人は出版社のテロ事件の翌日、何千人という人が表に繰り出して"Je suis Charlie"「私はシャルリだ。」とか「恐れない」いう看板を掲げてデモ行進を行なった。本日になるとその数は70万人にも膨れ上がった。

しかしだ、いくら何人集まってデモをやってみても、フランス人が本気でイスラムテロリストに立ち向かう勇気がなければ意味がない。フランス人がテロに屈服しないと本気で思うのであれば、先ずフランス人の言論を弾圧しているポリティカルコレクトネス(政治的に正しい)を捨てるべきである。

言論の自由はアメリカ憲法では憲法補正項目の第一条で保証されている。しかし、フランスではアメリカのように言論の自由は保証されていない。往年の女優ブリジット・バルドーは、過去にイスラム教を批判して何度も罰金をかけられたりしている。バルドーが罰金をかけられた原因となった発言はといえば、時のフランス大統領への公開手紙の中で「フランス、わが母国、我が土地は再び多数の外国人、特にイスラム教徒によって侵略されている、」と記したことにある。

フランスでは名誉毀損とか侮辱罪とかいうのがあり、その侮辱が事実であったとしても、相手を傷つけたとされると有罪になる。カナダでも全く同じことが起きていることは、以前に人権擁護法について書いたときにも述べたとおり。バルドーは何度となくフランスがイスラム教化することの危険性を勧告してきた。彼女の2003年の著書Un cri dans le silence(沈黙の叫び)では、

過去20年にわたり、我々は地下の見えないところで危険で無規制な潜伏を受けている。この力は我々の法や習慣に融和するどころか、数年後には彼らの法律を我々に強制するようになるだろう。

と述べている。

フランス政府は彼女のこの警告に耳を傾けるどころか、正しい警告をしたバルドーを罰したのだ。フランスだけではない。ヨーロッパ諸国でのイスラム教への迎合はひどいものがある。オランダで女児の性器切除など、イスラム教の因習について映画製作をしたゴッホ監督の暗殺事件はまだ記憶に新しいが、その映画製作に携わったアフリカ出身の女性議員は、オランダ国籍を失い国外追放となってしまった。

以前に私は「イスラムは惜しみなく奪う」と書いたことがある。イスラムが求めるものは「完全な服従」であり、妥協はあり得ない。彼らの言うインファデル、信じない者、への要求は、イスラム教徒に改宗する、イスラム教徒に完全服従する、死ぬ、の三つしかない。この宗教は完全な不寛容。にもかかわらず、ヨーロッパ諸国は多文化主義を名目に彼らの不寛容を受け入れてきた。

その結果が今回のようなテロ事件なのだ。

アメリカだって人のことは言えない。アメリカでもミネソタ州にはサマリア出身のイスラム教徒が多く移住してきた。イスラム教徒は一旦その数が増えてくると、アメリカの法律や習慣に従わずに自分らの習慣を押し付けてくる。YMCA(キリスト教青年会)のプールを男女分けろとか言い出してくる。なんでキリスト教の施設がイスラム教のいいなりにならなきゃならんのだ。もしもイスラム教聖廟のプールでキリスト教徒が「男女混合にしろ」などといったらどういうことになるか、誰でもわかるだろう。

だが、地元政府の反応はどうなのかといえば、イスラム教の横暴に立ち向かうどころか、迎合につぐ迎合。政府だけではない。メディアとて同じこと。アメリカの娯楽番組でキリスト教やユダヤ教はおちょっくってもイスラム教はおちょくらない。同性愛者やフェミニストがやたらキリスト教を攻撃する割りには、もっとひどい罰のあるイスラム教について沈黙している。ニュースでも明らかにイスラム教テロとわかるような犯罪でも、まだ事実がはっきりしないうちから、狂った一匹狼の仕業でテロ軍団とは無関係とか断言する。世界中の誰もが、問題はイスラム教にあると解っているのに、イスラム教という言葉を口にするのも恐ろしいとでも言わんばかりの行動。

で、フランスはどうするのか?

何十万のフランス人がいくら看板掲げて行進しようが、今までのような多様文化主義やポリティカルコレクトネスなんかやってたんじゃ問題は解決しない。それどころかテロ攻撃はどんどん増えるだろう。すでにパリからはユダヤ人の大量移動が起きているという。

もし、フランス政府がイスラム教テロ軍団の取り締まりをしっかりやらないとなれば、いずれは一般市民が自分らの手でそれを行なうことになる。そうなったら無関係で無実なイスラム教徒も巻き添えを食うことは間違いない。フランス政府はフランス人はテロと戦う勇気があるのか?

January 10, 2015, 現時間 11:49 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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January 4, 2015

第三者の目で慰安婦問題で対立する双方のグループを見てみたい

先日からアメリカ国内における慰安婦像建設を巡って、アメリカで左翼日系団体と保守在米邦人及び日本の団体が対立しているという話を書いてきた。私はどちらの団体にも所属していないので、いちおう第三者として双方の団体についてお話したいと思う。が、ここではっきりさせておく必要があるのは、私はアメリカの保守派である。そして慰安婦像建設には断固反対派。であるから決して中立な立場ではない。

前回も書いたとおり、この件に関してだけ言えば日本の保守派団体の人たちと意見が合っているが、他の件でどのような見解を持っているひとたちなのかわからないので、安易な交流は避けるべきなのではないかと思った。それで一応反対派で在米のエドワーズ博美という人についてちょっと調べてみた。

ふぇみwikiによると、

エドワーズ博美 (えどわーず・ひろみ)は山口県岩国基地内にあるメリーランド大学分校の日本語教師。『正論』2002年10月号に掲載されたプロフィールによると、「メリーランド大学アジア学部卒、同大学院心理カウンセリング修士課程修了。カリフォルニアコースト大学心理博士課程在籍。メリーランド大学、セントラル・テキサス大学講師。本職は母親業及び主婦業」。

『正論』2002年10月号に掲載された「脱・家庭崩壊社会への胎動 フェミニズムの害に目覚めたアメリカリポート」という記事は、米国のアンチフェミニズムの書籍や保守系シンクタンクの報告書をネタ元に。フェミニズムがいかに米国で支持を失いつつあるかを力説したが、肝心の事実関係に間違いが多いと批判されている。この他、山口県に本部をおく保守系出版社日本時事評論社の出版物に記事や講演録を寄稿している。

「肝心の事実関係に間違いが多いと批判」しているのは多分フェミニスト諸君なのだろうが、実際に彼女がどういう思想をもっているかは下記の論文を読むとよく理解できる。(pdfファイル)

結婚して母になることはなぜ大事なのか - 全米調査が語る離婚の弊害と家族のあり方 エドワーズ博美

この論文の主旨は、伝統的な結婚が子供の教育ひいては社会の安定のためにいかに重要であるかということであり、離婚や未婚の母の害などについてデータを出して述べられている。まず冒頭で彼女が私が尊敬するクリスティーナ・ホフ・サマーズ女史の話をしていることからしてもうすでに気に入った。

彼女はアメリカ海兵隊員のご主人と結婚してから軍人の家族が通える大学に入学して三人のお嬢さんを育てながら10年かけて修士まで取ったそうだ。現役ではなく大人になってから大学に行ったという点でカカシと似ているが、子育てしながら修士までとるとは大変なことだ。独身で仕事もしないでのうのうと大学へ行った私とは大違い。

エドワーズさんは、日本でも外国人選挙権を反対する演説などもしており、移民に関する考え方は私に近いと思われる。ただ、ちょっとアメリカでの実情を美化しすぎているようにも思える。アメリカの移民問題は日本よりも深刻だが、アメリカがそれにきちんと対処しているかのような発言はちょっとし違うのではないかと思う部分もある。もっともエドワーズさんの演説はオバマ大統領のめちゃくちゃ移民政策が公になる以前のことだったのかもしれないが。

さて、これに対抗している小山エミらが筆頭となって始めたFeNDは、私がエミちゃんのことを全くしらなかったとしても、そのホームページの紹介欄を読んだだけでどれだけハチャメチャな極左翼を通り越したクレージー団体であるかがわかる。まず名前からしてJapan-U.S. Feminist Network for Decolonization (FeND) (脱植民地化を目指す日米フェミニストネットワーク)。ちょっと待ってよね、いったい日本やアメリカがどの国を植民地にしてるっての?

こちらホームサイトから抜粋。

脱植民地化を目指す日米フェミニストネットワーク(FeND)は、日本とアメリカ両方による植民地主義に対抗する運動家と研究者のネットワークです。

FeNDの創立者は、米国在住の日本にルーツをもつ人たちです。わたしたちは、南カリフォルニアやその他の米国の地域における在米日本人(日系アメリカ人ではありません)の一部などによる極右の歴史修正主義運動に対抗するために当団体を立ち上げました。例えば南カリフォルニアの歴史修正主義者らは、 日本軍「慰安婦」制度の被害者たちに捧げられた銅像を建てたカリフォルニア州グレンデール市に対して、訴訟を起こしています。

また、わたしたちは、沖縄・ハワイやその他のアジア太平洋地域における米軍の駐留、日本の再軍国主義化などにも反対します

あのですね~、ハワイはアメリカの州ですよ、植民地じゃありません!

というわけで、このグループがどのくらい狂っているかはこれを読むだけで明らかだと思う。アメリカが世界各国に基地を置いているのは世界平和を守るためであって植民地が目的ではない。また、日本が軍備強化することは必ずしも旧日本帝国のような植民地政策を始めるという意味でもない。

どうも軍事強化=帝国主義、と結びつける輩が多くと困る。

はっきりいってなでしこアクションの人たちは、こんなグループは相手にしないほうがいい。そんなことに大事な時間や費用をついやすべきではない。テキサス親父やマイケル・ヨン氏もこんな奴らのいうことを真に受けないほうがいい。

ところでなでしこアクションの人が12月にグレンデールに来て、グレンデールの中心街にあるアメリカーナ野外モールのクリスマスのデコレーションに感動されたよし。こんな素敵な町なのに慰安婦像なんかあるのは残念とのこと。まったくその通り。

あんな目障りなものはとっとと撤去してもらいたい。

January 4, 2015, 現時間 11:54 AM | コメント (2) | トラックバック (0)

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性同一性障害少年の自殺を口実に障害治療を違法にしようとする動き

去年のクリスマスに、性同一性障害に病む17歳の少年、ジョシュア・(リーラ)・アルコンが走行中のトラックの前に飛び出し自殺した。少年は女子であると主張する少年の病気を無理やり治療させようとした両親への抗議文をフェイスブックに掲載した。これを悪用して同性愛団体がトランスジェンダーコンバージョン治療を違法にしようという署名運動を始めた。

私は以前から性同一性障害の治療が野蛮な性転換手術のみであり、他の治療法を認めたがらないトランス社会の横暴なやり方に非常な苛立ちを感じている。記事にあるようなコンバージョン治療というものがどういう類のものなのかわからないが、カリフォルニア州では、性同一性障害患者に「あなたは自分が異性であるという妄想をもっているだけかもしれない」という精神カウンセリングをすることすら違法となっている。これが正しい医療といえるだろうか?はっきり言ってこれは言論の自由迫害だ。実際に性転換手術をうけてから自殺する人の数は手術を受けなかった人より多いという調査結果もある。

ジョシュア少年が自殺したのは悲劇である。だが、彼の自殺が実際にコンバージョン治療によるものなのか、彼をトランスだと思い込ませたうつ病にあるものなのか現時点では解らない。

この件に関しての記事は全てコンバージョン治療が悪質な拷問であるかのように書いているが、その治療というものが一体どういうものなのかという具体的な例が出されていない。また、治療によって良くなった人たちがいるのかどうか、つまり成功率や失敗率に関するデータがまるで表示されていない。

コンバージョンセラピーを違法にせよ! と騒ぐ前に我々は次のことを学ぶ必要がある。

  1. コンバージョンセラピーとは具体的にどのようなものを指すのか

  2. 治療の成功率/失敗率はどのくらいなのか

  3. 治療の結果、自殺に追い込まれた患者はどのくらいいるのか

  4. 他にどのような治療法があり、その成功率/失敗率はコンバージョンに比べてどのよういなっているのか

繰り返すが、性同一性障害の治療が性転換だと決め付けるのは非常に危険だ。私は性転換手術をしたことを後悔している人たちの記事をずいぶん読んだり聞いたりしたが、手術後の自殺者も多い。そのことについては去年にも書いたことがある。

2011年にスエーデンのカロリンスカ研究所が発表した調査によると、性転換手術をした324人の患者を30年間に渡って追った結果、手術後10年ぐらい経つと精神的な問題がどんどんひどくなることがわかった。しかも恐ろしいことにこうした人々の自殺率は普通の人の20倍にも及ぶという。なぜ手術を受けた人々の間でこんなにも自殺率が多いのかはわかっていないが、年を取るにつけ自分が社会から受け入れられずに孤立していくのが原因ではないかと思われる。

これだけみても性同一障害の治療をすぐに性転換手術に結びつけることの危険性が解るというもの。性転換手術が自殺の原因になったとはいえないが、手術が患者の心の病気の治療に効果的であるとはいえない。

コンバージョン治療を違法にせよとわめきたてる運動家の理屈でいけば、手術後患者の自殺率が一般社会の自殺率より20倍もあるような治療は断固違法にすべきということになるが、トランス運動家の間に性転換手術反対の声は聞かれない。それどころか性転換手術以外の治療は断固阻止するという動きのほうが圧倒的に強い。

トランス運動家は、手術を後悔して元の性に戻りたいという人々の声を暴力的に沈黙させている。

彼らの目的はまよえる子羊を救うことにあるのではない。彼らは自分らの変態的な生活を無理やり一般社会に押し付けることにある。だからちょっとでもトランス人口を増やすことが目的なのであり、性同一性障害に病む患者を治療することなど全く興味がないのだ。

私は「コンバージョンセラピーは違法にすべし」という法律は絶対に通してはならないと思う。特にこの治療の内容が具体的でないことが一番危険だ。

さて、関連記事だが、アメリカの老齢者用健康保険が性転換手術費用を支払うことになり、74歳の男性が女性になる転換手術を行なった。

国民の税金をこういうふうに無駄遣いするとは、いい加減にしてもらいたいね!

January 4, 2015, 現時間 10:55 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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January 2, 2015

アメリカで繰り広げられる日本を巡る左右運動

アップデートあり(1月4日):

この間、ひょんなことから私が先の戦争中(イラク・アフガン戦争)に追っていたマイケル・ヨンというフリーの海外記者が、何故か日本と韓国の慰安婦問題について書いているという話をしたばかりだが、ヨン氏は最近自分の英語のサイトとは別に日本語でもサイトを立て、英語と日本語の両国後でエントリーを書いている。

私は彼の書いている内容は過激で反韓感情を丸出しすぎているように思え、ちょっと抵抗あるのだが、それはまあいいとして、日本語の翻訳がひどい。ヨン氏の英語はアメリカ英語だが、かなり皮肉たっぷりのアメリカ的言い回しが多いので、日本語に訳すとへんてこな文章になり意味が伝わりにくい。私もミスター苺の書いた英語のエントリーを何回か拙ブログで日本語に訳したことがあるが、私の訳が下手すぎて意味が伝わらないことが多かったように思う。それで私は英語を日本語に訳すときは、そのまま訳さず先ず原文をきちんと理解してから自分なりに日本語の文章を創作するようにしている。そうでないと日本語の意味が通じなくなることがほとんどだからである。

さて、本題に移ろう。実は、小山エミなどが中心となってFeNDという在米邦人/日系人のフェミニスト団体が創設された。この団体は言わずと知れた極左翼団体。そしてこの団体が創設された目的というのも、日本の極右翼国粋主義と戦うためというものだ。で、真っ先に彼らの宿敵として名指しされているのが、なでしこアクション(在特会関連)、論破プロジェクト幸福の科学関連)エドワーズ博美さん(フェイスブックはこちら)といった人たち。この中には言わずと知れたテキサス親父ことトニーマラーノ氏も含まれている。 これらの面々が集まった記念写真がこちら。

小山のエミちゃんがご丁寧に「慰安婦否定論者たち」という見出しつきでサイトに掲載しているのから転載させてもらった。

私は日本の保守派団体の事情は知らないので、これらの団体がエミちゃんが言うような極右翼なのか、バリバリの国粋主義者なのかなんともいえない。

実を言うと、私がアメリカにおける慰安婦像建設には断固反対であり、日本が韓国に補償金を払ったり謝罪をする義務はないと思いながらも、アメリカにおける慰安婦像反対運動に積極的に参加しない理由は、そうした運動を率先しているひとたちの本質がいまひとつつかめないからである。

それに比べてアメリカの左翼リベラルの実情は理解できるし、左翼リベラルの偽善的なキーワードもすぐに見つけられるので、FeNDが極左翼フェミニスト団体であることは一目瞭然。カカシとは絶対に相容れない思想の持ち主であることは明白。しかし彼女たちと立ち向かっているから反対側は私と同意見なのかといえばそれはそうともいえない。敵の敵は必ずしも味方ならず。いくら慰安婦問題や竹島などの件で意見があっても、旧日本政府のナチスドイツとの同盟は正しかったとかイスラエルは撲滅すべきとかいうアンタイセメティズムの団体だったりしたら目も当てられない。(これらの団体がそうだといっているのではないのであしからず)

ところで、エミちゃんが紹介した「慰安婦否定論者たちの顔」という写真の見出しが気に入らないとして、テキサス親父ことマラーノ氏がFeNDでコメントを書いている。その内容はエミちゃんの日本語ブログに書かれているから引用。

マラーノ氏の当初の言い分は、自分は「慰安婦」の存在を否定しているわけではないのだから、慰安婦否定論と呼ぶのは間違いだ、というものだった。しかし歴史否定論というのは、ある歴史的事象について重大な事実を否認することをさすので、この反論は当たらない。ナチスドイツによるホロコーストはあったけれども本来の目的は虐殺ではなく国外追放だったとか、ヒトラーらナチス幹部は虐殺を知らなかった、あるいは犠牲者の人数は数千人に過ぎなかったという論者たちも、ホロコーストの存在自体を丸ごと否認する論者たちと同じく「ホロコースト否定論者」と呼ばれるのと同じだ。

つまり、慰安婦という女性たちが居たことは事実でも、日本軍に強制連行されたとか、20万人もいたとか、というのはおかしいのではないか、という疑問を持つことが慰安婦否定論者ということになるという理屈だが、実はこの理屈でいうと小山エミも慰安婦否定論者ということになってしまうのだ。

彼女自身が慰安婦問題についての考えを詳しく書いているエントリーでは、実はカカシとほとんど意見が同じなので笑ってしまった。

性的人身取引(ヒューマントラフィッキング)の問題について取り組んでいて一番問題だと思うのは、メディアや政治家などが、センセーショナルな例外的ケースに飛びついて、より一般的な例を見ないことです。たとえば、サディスティックな極悪犯が、幼い少女を誘拐して、毎晩何十人もの客を相手に売春させている、みたいな話ですね。

そういう例がないとは言わないですが、決して多くはない。もっとよくあるのは、恵まれない環境にいる十代後半の人たちが、家出したり、家から追い出されたり、あるいは施設から逃げ出して、生活のために売春をするケースです。そのなかで、住む家を与えるかわりに、搾取しようとする人に出会ったりする。

性的人身取引の問題を解決するには、かれらが家出したり逃げ出したりする根本的な原因、それはたとえば貧困であったり、家族のホモフォビアであったり、ほかにもいろいろ理由があるわけですが、それらに対処する必要があります。

(略)

その経験から考えるに、慰安婦問題においても、センセーショナルな例だけに注目し、それが全体であるかのように言うことで、議論を間違った方向に導いている人たちがいます。吉田証言がその最たるものですね。まああれは特殊例ですらなかったですが。

そういうセンセーショナルな取り上げ方は、「日本に対して不当である」以前に、実際に被害を受けた元慰安婦の方たちに失礼でもあります。

元慰安婦の方たちの証言をきちんと聞けば、とくに朝鮮半島においては、騙されたり売られたりして慰安所に連れてこられ、借金を負わされて売春を強要された、という証言がほとんどです。決して吉田証言のような暴力的な誘拐ではない。(とはいえ、性道徳の厳しい韓国社会において、少なくとも初期においては、暴力的に誘拐された、以外には告白できなかった、という事情はあったかもしれません。)

いっぽう、より前線のほうになると、軍によって直接連れ去られた、という証言が増えます。前線では、食料の補給もままならないことが多く、現地の軍が住民から直接接収したことも多かったようなので、慰安婦の補給が追いつかない前線で慰安所を設置しようと、そのような行為に出た部隊があったというのは、ありえる話だと思います。実際に、オランダ人女性に対する拉致暴行で戦犯裁判が確定している件も、そういう状況で起きたものだと思います。

ここまで常識がわかっているのに、なぜ韓国の理不尽な要求を擁護して日本政府を攻め立てる団体に加入したりするのか、私にはそこのところがわからない。

旧日本軍が韓国の女衒らに騙されて集められた慰安婦たちをそうと知っていながら雇っていたなら、旧日本軍にも責任がある。その点は私も同意する。が、しかし、それは今は存在しない帝国日本の支配下にあった今は存在しない旧日本軍の責任であり、現日本政府の責任ではない。

にもかかわらず、現日本政府は何度も韓国に補償金を払い、しなくてもいい謝罪を続けてきた。いったい韓国はこれ以上日本になにをやれというのか?

とここまで考えるとヨン氏が自分のサイトで書いていることに戻る。結局韓国は日本から金をゆすり取るのが目的。慰安婦問題も単なる口実。普段なら売春婦などを抱擁している図なんざ絶対みられたくないと思ってるような政治家たちが、ジャパンバッシングとなると年老いた「慰安婦」をテレビに出演させて偽の同情心丸出しで政治の道具に使っている。

フェミニストといわれる人たちが、そんな政府の女性利用に手を貸すというのはいったいどういうことなのだろう?

無論その答えは簡単。左翼フェミニストの目的は女性救済にあらず。女性を利用して自分らの政治的権力を高めるのがそもそもの目的。

この問題左翼団体も右翼団体も私にはちょっと近寄りがたい。

アップデート

ヨン氏の日本語サイトに翻訳が下手だなあ、という失礼なコメントを残したカカシに対して、非常に丁寧な返答をしていただいたので、こちらとしても失礼をお詫びした。翻訳はプロでなければそう簡単に出来ることではないし、私自身も結構日本語訳が下手すぎると批判された体験もある。見ず知らずの人に失礼すぎたことを言ったことに深く反省している。下記はヨン氏翻訳者さんからの返答。

苺畑カカシ 様

コメントありがとうございます.
Yonさんの文体はシンプルですが洗練されています.そのためかえって訳出が難しくなっています.

翻訳はボランティアでやっています.こなれた日本語に再変換する時間がありません.
そのため原文にできる限り忠実に訳出することにしております.
これが多少というか,かなり読みにくい,かたい訳になっている理由です.

誤訳のご指摘,文章の改善等の提案など,お知らせください.
改訂版に反映させます.

ご協力ありがとうございます.

January 2, 2015, 現時間 12:47 PM | コメント (4) | トラックバック (0)

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January 1, 2015

南カリフォルニアに雪が降った! 例年になく寒い冬

あけましておめでとうございます、今年も拙ブログをよろしくご愛読くださいませ。

さて、大晦日に南カリフォルニアのサンバナディーノ郡やリバーサイド郡の山側で何十年かぶりに雪が降った。リバーサイド郡の南にあるタマキュラ市に住む友人がフェイスブックに雪の積もった近所の写真を掲載していたが、下記は同市のニュースでのビデオ。

カリフォルニアでも標高の高いところでは雪は降るので、絶対にあり得ない現象ではないが、それでもこのあたりでの降雪は非常にめずらしい。ちなみにロサンゼルスに近いカカシの近所、今朝の気温は摂氏4度。このあたりでとしては立派に冬の気温である。

カカシとミスター苺はクリスマス直後に風邪をひき買い物にもいけない状態だったので、今年はおせち料理はやめにしようと思ったのだが、ミスター苺がどうしてもおせちが食べたいというので、仕方なくがーディナ市まで買い物に行った。

残念ながら、がーディナ市にある日本食マーケットはマルカイでもミツワでもお正月気分がほとんどなかった。お店の前には門松も飾ってなかったし、おせちコーナーも小さく、おせち料理も大して品数も種類もなくみじめなものであった。最近は日本のスーパーとかでもこんな感じなのだろうか。わずかに和菓子の三河屋さんだけが、店先に大きな鏡餅を飾り、お正月特別のお菓子を売っていた。ちいさなお店にはたくさんの日系のお客さんであふれていた。日系一世の店員さんが私が日本語がわかるとなるとお菓子の由来を丁寧に説明してくれた。少なくとも三河屋さんだけは伝統を守っている。(もっともリトル東京の三河屋は和菓子よりアイスクリームのほうが人気があるが、、、)

日本人のビジネスマンやその家族がたくさん南カリフォルニアに住んでいた頃は、この時期は結構にぎわっていたが、それでも日本の年末のような慌しさは感じられなかった。ま、遠く離れた異国で御節を食べよう、ましては作ろうなんて人はそれほどいない。日本人が食べなければ日系の人たちが受け継がない限り、アメリカでのおせちは廃れるばかりだろう。

それにしてもガーディナとかトーレンスあたりに行くと、日本人が減ったなあという印象を受ける。特に最近多少盛り返してきたロサンゼルスのリトル東京に比べると、ガーディナは、ところどころに日系の店がある程度で、ほとんど日系コミュニティーという感覚はなくなっている。

かく言う私も日本マーケットなんてめったにいかないし、日系コミュニティーとのお付き合いも全然ない完全にアメリカナイズな生活をしているから、こういう日系人が多ければ日本人街なんて廃れて当然だろう。それはそれで仕方ないのかも。

January 1, 2015, 現時間 9:36 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 30, 2014

でも日本語はなしてるんだけどお~

今年はNHKの朝ドラ「まっさん」をユートゥーブで見つけたので、最初の20エピソードくらいまで観た。主役がスコットランド人(役者はアメリカ人)の女性ということで観てみたのだが、その中で、主役のエリーが日本の街で上手な日本語で道を尋ねようとする場面があった。道行く人々はエリーが日本語を話しているのに、みんな「私英語わかりません」「かんべんして」と怖がって逃げてしまうのを見て、現実的だなと思った。私も子供の頃に外国人に道を聞かれて逃げ出した覚えがある。

というわけで、本日は軽い冗談ビデオ。下記は以前にも紹介したアメリカ系日本人の田中健(漢字は想像)とその仲間たちの作成。今回のは外国人に見える人が、日本で日本語を話すとどうなるかというエピソード。すべて日本語で英語の字幕つき。

このグループは日本人による外国人へのステレオタイプだけでなく、アメリカ人による東洋人へのステレオタイプもおちょくっている。下記はアメリカのレストランでのエピソード。こちらは英語だけなのでちょっと説明。

レストランにおいて2~3人の日本人のグループが居る。その中の一人が「えくすきゅーずみー」と下手な英語でウエイトレスに話しかける。ウエイトレスは近くに座っていた英語を話している東洋人のカップルに「すいません、通訳してくれませんか、何を言ってるのかさっぱりわからないので」と頼む。

すると、、

東洋人女性 「止まれ、アジアステレオタイプ警察だ」
東洋人男性 「覆面捜査官」
東洋人のバーテン「東洋には2000以上もの言語が存在する」
ウエイトレス「でもみんな同じようなものなんでしょう?」
東洋人男性 「一緒に来たまえ」
東洋人女性 「あ、これお持ち帰りでお願い」

以前にも話たが、まだ韓国人によるアメリカ移住が始まったばかりの頃、私が勤めていた小売店に韓国人のお年寄りが数人来た。店員の一人が私に「カカシさん、通訳してよ、あの人たち全然英語がわからないのよ」と言ってきた。

私はおばあちゃんたちが韓国人であることはすぐにわかったので、「だめよ、私は韓国語はしゃべれないんだから」と断ったが、「とにかく話してみてよ」と言われたので一言だけ知っていた韓国語で話かけてみた。

するとおばあちゃんたちは目を輝かせて韓国語で喋り捲ったが、私が韓国語を理解できないとわかると「あんた日本人?」と流暢な日本語で話しかけてきた。実はおばあちゃんたちは日韓併合時代にそだった年代で日本語がぺらぺらだったのである。

おかげで言葉は通じたが、以後私のお店では東洋人はみんな同じ言葉をしゃべるというステレオタイプがさらに固まってしまったのであった。

追記:以前にも書いたが、1980年代後半から1990年代にかけて日韓併合時代に育った多くの韓国女性たちと仲良しになった。彼女たちから日本人だからといって嫌われた覚えはない。かえって日本人だからと贔屓にされた覚えさえある。韓国人教会などにも招かれて、私にはいい思い出しかない。日本人への偏見がひどくなったのは最近の新世代の人たちになってからだと思う。

December 30, 2014, 現時間 10:27 AM | コメント (0) | トラックバック (1)

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相次ぐ警官を狙った攻撃の裏に居るものは誰か?

ニューヨーク市で暗殺されたラファエル・ラモスとウェンジャン・リウの事件に誘発されてか、全国各地で警察官が狙われる事件が続発している。フロリダでは二人の副保安官がすれ違う車の中から撃たれた、ノースカロライナでは二人の黒人が一人の警官に六発も発砲したり、ロサンゼルスではパトカーに乗っていた二人の警官が撃たれるという事件が相次いで起きている。反警察デモでは、あからさまに警官を殺せというスローガンが掲げられているので、こういう事件はこの先も続くと思われる。

しかし反警察運動を進める動きの背後に潜むものはいったい何者なのだろうか?

パワーラインによると、実はそれは共産主義者だという。

実はイラク戦争当時も反戦運動のデモ行進を扇動していた共産主義団体国際アンサーなるグループがいたが、その同じグループが反警察運動も扇動している。だがもうひとつ、デモ行進で掲げられたプラカードにはrevcom.usと書かれたものが多くあり、これはレボリューショナリーコミュニストパーティUSA(合衆国革命共産党)という、はやり共産主義のグループのウェッブサイトである。

皮肉なことにこれらのグループが目指すのは警察が圧倒的権力を持つ警察政権なのである。

今、警察官を殺せ、黒人の命も大事だ、とかいって騒いでる奴らの背後に居るグループの目的が実際に達成された場合、一番最初に殺されるのが今デモを行なっている奴らである。もし奴らが望む世界が実際に成功したならば、黒人社会は今よりもひどく圧迫された状況に陥るのだ。今彼らが架空の状況として警官に歯向かわなくても黒人だというだけで殺される社会が実現するのである。そんな奴らの口車に乗せられて騒ぎ立てているとは、「便利な愚か者」とは奴らのようなことをいうのである。

ところで、元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏は、先日CBSテレビの「フェイスザネイション」に出演した際、ビル・デブラジオ現市長はNY警察に謝罪すべきだと語り、同時にオバマ王が数ヶ月に渡り反警察プロパガンダを進めていると批判した。オバマ王の言動に注目してきているという司会者のメイジャー・ギャレットは、オバマがそんなプロパガンダを広めているなどという事実はないと挑戦すると、ジュリアーニは、反警察の代表のようなアル・シャープトンを大統領が常に傍に置いて大事なアドバイザーとして起用していることがオバマの反警察政策を明白に語っているという。

氏は自分が司法局長としてマフィアと戦っているときにジョー・コロンボを側近に置いていたら偽善者といわれただろう、という。

氏はまた、オバマは犯罪を犯している最中に殺された黒人の葬式には政府から代表者を送ったにも関わらず、NY警察に取り押さえられた際に死亡したエリック・ガーナーの復讐をする目的で男に殺された二人の警察官ラファエル・ラモスとウェンジェン・リウに関してはなんら強い発言をしていないと指摘した。

アル・シャープトンは存在しない人種問題をでっちあげ、いたるところで黒人による対白人暴力を煽る寄生虫である。先の共産主義団体同様、自由社会の敵である。

December 30, 2014, 現時間 12:41 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 29, 2014

え、なんでマイケル・ヨンが韓国慰安婦について日本語で書いてるの?

皆さんはマイケル・ヨンという突撃ジャーナリストのことをご存知かな。自分も元軍人でイラク戦争時代から従軍記者としてイラクにも行っていたことがあるし、中東などでも体当たり取材をしていた人。拙ブログでも何回か紹介したことがあるが、最後に引用したのは2008年。彼のブログは一応お気に入りにしてあったのだが、あまりアメリカ軍の活動が活発でないので、最近はあまり見ないでいた。ひょんなことから彼の名前をまた聞いたので、久しぶりに彼のサイトに行ってみたら、突然日本語が出てきてびっくりした。しかも内容が韓国慰安婦の問題で、韓国側の主張はすべて嘘だったというもの。

この記事が書かれたのは11月の末のことなので、ま、カカシはちょっと遅れを取ったようなのだが、実は以前にもマイケル・ヨンが慰安婦問題に何故か関わっているという話をどっかで聞いたことがあった。ネットというのはおかしなもので、ひとつの題材についてちょっと調べ始めると意外な人たちの名前が飛び出してくる。左翼フェミニストの小山エミが慰安婦問題で在米日本人や日系人の子供がいじめにあっているというのは嘘だでっち上げだという記事を書いているのをみつけたのも偶然なのだが、その関係の記事を読んでいるうちにマイケル・ヨンの名前が出てきて、え、なんで?ということになったわけ。

ヨンの主張は非常に面白い。彼の主張は20万からの韓国女性が強制的に慰安婦として働かされていたという事実がもし本当だとしたら、日本軍や韓国人男性はどの様な行為をとらなければならなかったか、という軍人としてロジスティクス【logistics】 {軍事用語で兵站(へいたん)の意。企業の物流合理化の手段。原料の手当てから販売まで、物流を効率的に管理するシステムをいう}の立場から語っている。

先ずヨンは、当時日本軍には韓国人の兵士が多くいたことを指摘。ということはもし日本軍が強制的に韓国女性を連行したのであれば、韓国人男性もその行為に加担しなければならなかったはずだというもの。

ヨンは当時の韓国の人口は約2,300万人で、現在のテキサス州の人口は約2,600万人と似ていとし、もしテキサスの女性20万人が軍隊に連行されそうになったら、テキサスの男たちは黙っていないという。しかも軍隊のなかに多くのテキサスの男たちが混じっていれば、軍隊のなかで殺し合いが起きること間違いなし。韓国人男性が特別臆病だったというなら別だが、自国の女性が20万人も強制連行されるのを韓国人男性が指をくわえてみていたというのはどう考えてもおかしいというのだ。

ま、韓国は日本にほとんど抵抗なく併合されてしまったから、韓国男が極端に腰抜けだったというのは事実かもしれないがね。

とはいうものの、私はヨンの次の点に感心した。

20万人からの女性を管理し養うとなると居住施設や食料や衣服などが必要となる。しかも嫌々仕事をしている人間を管理したり警護したりするには人件費もかさむ。戦争真っ只中の日本軍に20万人もの慰安婦を養う余裕があったのだろうか?

この件について日本軍の将軍や提督の立場からも考えてみよう。日本は米国、オーストラリア、イギリス、中国、さらに連合国とも戦争している最中である。 どう考えても手いっぱいのはずだ。特に米国は海軍と海兵隊が進軍し、日本兵を見つけ次第どこであろうと攻撃していたのである。

軍隊の全ての指揮官は、常により多くの兵力と補給を求めるものだ。それが世の中の常である。誰か将軍に聞いてみるといい。もしくは企業の経営者に聞いて みるといい。競争相手に勝ちたい時、あるいは防御したい時には何が必要かと。彼らは常により多くの経営資源(=人、物、金)を欲しがるはずである。

20万人の女性を強制連行して、彼女たちを監視し、移動させ、食べさせる目的に経営資源を費やす将軍がいるとすれば、どんな種類の馬鹿なんだろうか。わざわざもう一つの戦争を作っているようなものだと気付くはずだと思うが?

実際に強制連行があったかないかは別として、ヨンの掲げたこの二つの疑問は非常に大切であり答えを要する。

この問題だけではないが、私は常にもし「Aが本当だとするならばBが起きなければならないはずだ」という考え方をすべての人がすべきだと考えている。それが出来れば物事が事実かどうかは割合簡単に把握することが出来るからだ。

たとえば、地球温暖化が実際に起きているのであれば、地球の温度は上がっているはず、、、あんまり単純すぎる例かな?(笑い)

December 29, 2014, 現時間 12:28 PM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 28, 2014

拡大する黒人暴動によって悪化する人種関係、最後に負けるのは黒人なのに

先日ニューヨークで駐まっていたパトロールカーに乗って見張りをしていた二人の警察官を黒人の男が後ろから近づいて暗殺するという事件が起きた。犯人の男は事件数日前から警官による黒人青年射殺事件について、復讐してやるとソーシャルメディアなどに書いていたそうだ。

殺された二人の警官、ラファエル・ラルフ・ラモス40歳とウェンジャン・リウ32歳の葬儀が先日行なわれた。野外の会場には近隣や遠隔から2万人の警官が出席。ジェットブルー航空が葬儀に出席する警官の航空費を無料にしたため、遠隔からの出席者もかなりいた。

野外での式であったため、お悔やみの言葉を述べる人々の姿が中央の大型スクリーンに映し出されたが、その際、ニューヨークのデブラジオ市長が演説に立つと、出席していた警官全員が回れ右をして一斉に市長に背を向けた。市長はこの事件が起きる直前、黒人犯罪者に同情的な発言をし黒人が警官に対して持つ敵意が正当であるかのようなことを述べたからである。この二人の警官の暗殺事件は市長に責任があるとさえ言う声が聞かれるほどだ。いかに深い溝が地元警察と市長の間に出来てしまったかを物語っている。

この事件直後も、黒人暴徒らによる暴動がアメリカ各地で起きている。

こんな状況を見ると、アメリカの事情を良くご存じない日本のかたがたは、アメリカの黒人差別はよっぽどひどいのではないかと思われるかもしれないが、実はそうではない。確かに1960年代に人権運動が起きるまでは、アメリカ南部では政府による組織的な黒人差別が行なわれていた。ジム・クロー法という悪法において、黒人と白人が使用できる学校や公衆便所や水のみ場などといった公共施設が完全に区別されていただけでなく、民間のレストランやホテルですらも、黒人と白人を区別することが法律で義務付けられていた地域があったのである。就学や就職の面でも黒人はことごとく二流市民の立場を強いられていた。

しかし、1964年、民主党の反対を押し切って共和党が推し進めた人権法が通り、繰り返す、人権法は共和党の発案であった!、よって政府による組織的な人種差別は抹消された。

無論、法律だけ通してみても、人々の気持ちの中にある差別意識はそう簡単にはなくならない、ということで、アファーマティブアクションなる政策がとられ、政府が強制的に人種混合や少数民族の保護といった対策に取り組んできたのである。

2014年の現在、アメリカでは白人による組織的な人種差別なるものは存在しない。黒人だからという理由で入れない大学も就職先も存在しない。黒人お断りなどというレストランやホテルもない。同じ能力さえあれば黒人だろうと白人だろうと女性だろうと男性だろうと皆同じ給料をもらえる。アメリカ社会には人種差別も男女差別もほとんど存在しないのである!(軍隊には一部まだ男女差別があるが、、)

にもかかわらず、人種間の問題はよくなるどころかかえって悪くなっているのは何故か?黒人容疑者が警官に殺されると回りの状況もわからないうちから人種差別だと決め付けられてしまうのは何故だ?黒人青年は自分が何も悪いことをしていないのにやたらに警察官から呼び止められると感じたり、小売店などで黒人の客に店員がやたらに目を光らせると感じるのは何故なのか?

これが白人による黒人への人種差別がいまだにひどいからだと考えるのは全くの間違いである。

確かに人種差別は存在している。だがそれは白人による黒人差別ではなく、黒人社会にありがちな、自分の不運はすべて他人(特に白人社会)のせいで、自分らが欲しいものを得られないのは他人種が自分らの分け前を不当にぶんどっているからだという歪んだ考えからくるものだ。

黒人による韓国人差別もその一例だ。もう20年以上も前になるが、テレビのスペシャルで黒人と新移民の韓国人商店らの問題を取り上げた番組があった。黒人たちは自分らが3~4世代にわたって生活保護を受け貧乏な暮らしをしているのに、新しく入ってきた韓国人達があっという前に店を構えたりアパートの家主になったりするのを見て、韓国人は政府から特別手当をもらっているに違いないと話していた。そして一世代目はコンビニの親父をやってる韓国人も二世代目になると弁護士や医者になって貧窟街から出て行ってしまうことに対し、黒人の生き血を吸って金もうけをしていると敵意を抱いた。

しかし新移民が銀行から簡単にお金を貸してもらえるわけもないし、特に政府からのお手当てなども出ていたわけではない。韓国人は民族としての結束が強く、同族同士で金を出し合い新参者に投資する。韓国社会の義理しがらみは日本のそれよりかなりすごいものがあるらしく、借金を踏み倒すなんてことは普通はあり得ないようだ。韓国人が働き者だというのはアメリカでも有名。

確かに韓国人は日本人やアメリカ人に比べると愛想が悪い。店にくる客に対するそっけなく横暴な態度は地元市民の反感を買う。だが、それでも韓国人は地元黒人に物を売らないといったり、黒人相手の商売はしないなどと言ってるわけではない。もともと黒人が主要だった商売が韓国商人に乗っ取られたとしても、韓国人がちゃんと金を払って買い取ったなら文句はいえないはず。今や日本食レストランの大半が韓国人経営だが、韓国人が暴力で日本人経営の店を乗っ取ったというならともかく、これは商売上手かどうかの話しだから仕方がない。資本主義の世の中とはこういうものだ。

にも関わらず、暴動などが起きると黒人はすぐに韓国人商店を狙って略奪をしたりする。何度もいうが、これは日ごろから韓国人が黒人を差別しているからなどというものではなく、黒人が欲しいものを韓国人が持っているのは黒人から奪ったからだという不当な思い込みから来るものなのである。

私も韓国人ファンではない。一世代目の韓国人移民の中にはかなり失礼な奴が居る。韓国人の店で英語の表示がなかったので、値段を英語で聞いたらうるさそうに「出て行け!」というようなしぐさをされたこともある。言葉がわからないので何故店主が怒っているのかわからなかった。まあ、ああいう態度で地元の客に応対したら反感を買うのは当然だ。当然ではあるが、それでも万引きにあったり強盗にあったり略奪や放火の被害を受ける筋合いはない。気に入らない店なら行かなければいいだけの話。暴力や犯罪での対応はかえって自分らが暴力的な犯罪者であるというステレオタイプを強調していしまうだけで逆効果である。

今起きている黒人運動家による暴動がどれほど黒人社会全体を傷つけることになるのか、それについては次回述べることにしよう。

December 28, 2014, 現時間 2:35 PM | コメント (2) | トラックバック (0)

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December 27, 2014

原作の精神にもどって成功したホビット完結編「決戦のゆくえ」」

現在日本でも放映中のピータージャクソン監督、JRRトールキン原作のホビット三部作の完結編「決戦のゆくえ」を観て来た。実を言うと私はジャクソン監督の前シリーズ「ロードオブザリングス(指輪物語」は大好きだったが、今回のホビットシリーズは一作目の思いがけない冒険にも二作目の「竜におそわれた王国」にも失望していた。一作目については活劇が多すぎて目が回るでも書いた通り、原作の筋から離れすぎてドッタバッタが多すぎて目が回った。二作目は時間稼ぎで筋がなくLOTRの再現をしようと短い話を無理やり三部作にするために不必要な場面を加えすぎた感があり批評する気にもなれなかった。しかし、この完結編はジャクソンが原作の精神に戻り、かなり原作に忠実に従ったことが幸いして前二作に比べて非常に良い出来に仕上がっている。

この先ネタバレ多少ありなので注意!

先ず映画はドワーフ達に眠りを覚まされた竜のスマウグ(Benedict Cumberbatch 声)が湖の町を襲い町民の英雄バルド(ルーク・エバンズ)に弓矢で射殺されるシーンから始まる。これは非常に大事なシーンなのでこれを冒頭に持ってきたのは良い決断だ。

小人たちは自分らが、昔竜に奪われた自分らの宝物を奪い返すために山に向かったわけだが、原作ではその際に王の血筋というトーりン(リチャード・アーミテージ)とその一行が竜を退治をするということで湖の町の人々から色々と接待され一宿一飯の恩義どころか数日間にわたって飲めや歌えやの歓迎を受けた。

ジャクソン監督は二作目において、何故か原作から外れて意味のないことに時間をついやしこの部分をはしょっている。その代わりにLOTRで人気者となったオーランド・ブルーム扮するレゴラスを復活させたり、タウリエル(エバンジェリン・リリー)という原作には出てこない女エルフを登場させたりして意味のない格闘シーンが続きすぎた。

二作目で肝心なのは、森のエルフらに捕らえられたドワーフたちをビルボ(マーティン・フリーマン)が機転をきかせて逃がしたいう点とドワーフたちが湖の町の人々に歓迎されバルドという弓の達人と出会うという点である。

ここで美形のエルフ二人を登場させることに筋展開としての意味はない。ホビットはもともと子供向けの物語で恋愛はないので、多分ジャクソン監督は観客の興味を惹くためにわざわざ美しい男女を筋に加えたと思われるが完全に無駄に終わっている。エルフのタウリエルと小人のキリ(アイダン・ターナー)とのプラトニックな愛も全く説得力がない。トールキンの世界ではあり得ない出来事でもある。

レゴラスとタウリエルは原作ホビットには登場しないので、その人間(エルフ?)形成が浅いのは仕方ないのだが、二人の演技には全く感動しない。それに比べてレゴラスの父親のエルフ王を演じるリー・ペースはいい。エルフは年を取らないので父親といってもレゴラスと同年代に見えるが、レゴラスの王子の感情表現が希薄なのに比べ、エルフ王は王としての貫禄もありながら、父親として愛する妻を亡くした夫としての感情表現があっていい。ペースはブルームより魅力的だと思うね。

私が原作を読んでいて驚いたのは、小人たちが山に入り宝物を手に入れた後、竜退治をしたのが小人たちではなく湖の町のバルドという人間だったことと、竜が退治された後も話しがまだまだ続いたことだ。普通のおとぎ話なら、英雄が竜退治をしたところで「めでたし、めでたし」となりそうなものだが、この話は竜が死んだところから思いがけない方に話が展開する。

山の宝物は竜が押さえていたので、近隣の勢力はそれぞれ牽制され均衡を保っていたといえる。だが、一旦竜が死んだとなれば、小人が再び王国を取り戻せるとトーりンの従兄弟ダイン(ビリー・コノリー)の軍団がはせつけようとやってくる。同時に、レゴラスの父、森のエルフ王(リー・ペース)の軍団も、竜に町を破壊された町の人々も、そしてゴブリンたちもそれぞれの思惑を持って山に集まってくる。そこで最後の決戦となるわけだ。

ま、題名からして「決戦のゆくえ」だから映画はほとんどが戦闘に次ぐ戦闘。LOTRのときも思ったのだが、ジャクソン監督は戦闘シーンの演出が非常にうまい。最近はCGを使って大掛かりな戦闘シーンが撮れるようになったとはいえ、やたらに物量作戦を取ればよいというものでもない。原作者のトールキン自身が軍人だったこともあり、原作のなかでも戦闘シーンは非常に迫力があるのだが、ジャクソン監督の戦闘には作戦があり、特に私はエルフ軍の完璧な動作には感心した。

個々の格闘シーンはちょっと長引きすぎた感があるが、ま、仕方ないだろう。

LOTRのときは指輪の魅惑に心の弱い人間だけでなく、魔法使いやエルフですらも、心を奪われることがテーマになっていたが、今回の魔力は金の宝である。祖父の代の王国を取り戻そうという気持ちで山にやってきたトーリンとその一行だが、トーリンは金の宝に心を奪われ戦争を避けようと必死に訴えるビルボの言葉に聞く耳を持たない。トーリンさえその気になれば、山の宝を文字通り町人とエルフと自分らで山分けすることも可能なのに、山の宝は小人のものだと言って聞かないのだ。ここではアーミテージ扮するトーリンの狂気との戦いが非常によく描かれている。

全体的に原作に近いところはとてもよく、原作から離れると話がだれる、というのが私の印象。

たとえば、ガラドリエル(ケイト・ブランシェット)、サルマン(クリトファー・リー)、エルロン(ヒューゴ・ウィービング)が登場し、後のLOTRの複線となるようなシーンがあるが、ホビットには無関係。ガンダルフ(イアン・マケラン)のシーンが少ないから、色々加えたのかもしれないが、あんまり意味がない。

ま、LOTRの同窓会みたいで楽しいといえば楽しいが。

ところで、LOTRではジャクソン監督は原作の最後の章を完全に削ってしまった。実はLOTRの肝心な点はその最後の章にあるので、私はその決断には非常に失望した。いくら長編すぎて時間が足りないといっても、肝心な点を見失っては仕方ない。

なので、今回も最後の章が削られてしまうのではないだろうかと非常に心配していたのだが、ビルボが無事にシャイアーに帰ってくるところまできちんと描かれていたのでほっとした。最後に年を取ったビルボ(イアン・ホルム)がほんのちょっとだけ登場するが、さすが名優。たったこれだけのシーンなのに存在感がある。私としてはホルムに全面的にビルボを演じて欲しかった。原作ではビルボはホビットの冒険のときからLOTRの時までまるで年をとっていないかに見えることになっているので、同じ役者が演じても全く差し支えないはず。ホルムはそんなに年をとっているように見えないしね。

もっともマーティン・フリーマンはいまやイギリスでは人気の若手俳優だし、ホルムのビルボを見ていなかったら、ぴったりだと思えたかもしれない。確かにビルボとしてのいい味が出ている。

ところで同窓会といえば、LOTRでピピンを演じたビリー・ボイドが作詞作曲で最後のイメージソングを歌っている。彼はLOTRでも挿入歌を歌っているが、ホビットのイメージにぴったりの曲だ。


December 27, 2014, 現時間 11:26 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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December 26, 2014

北朝鮮がソニー映画の封切りを妨害、オバマ王の情けない反応

数日前、クリスマス日の封切りを目前にソニー映画のネット口座がハッキングされ、重役やソニー従業員俳優らの個人情報が漏洩するという事件が起きた。私は読んでいないが、オバマ王をおちょくったり、有名俳優をけなしたりしている、かなり恥かしいプライベートなメールが公開され、ソニーの重役たちは大汗をかいている。それだけでなく、ソニー現及び元従業員や俳優たちのソーシャルセキュリーナンバーを含む個人情報が盗まれたため、他人を装って詐欺を働くアイデンティティーセフト犯罪の大被害が予想されている。 だが一番問題となったのは、犯人グループが自分らは北朝鮮の工作員であり、北朝鮮のキムジョンアン暗殺を描写したソニーの新作「ザ・インタビュー」の公開を中止せよ、さもなくばアメリカ各地の映画館で911同時多発テロを思わせるようなテロ行為に及ぶと脅迫したことだ。大手映画館チェーンは儲け時のクリスマスにテロを恐れて客足が遠のいては困るということで、一斉にインタビューの公開を拒否した。困ったソニーは仕方なくインタビューの公開は全面的に中止すると発表した。

12月中旬にキューバに捕らわれていたアメリカ人とアメリカで留置されていたキューバ人スパイ二人の囚人交換を行ない、議会の承認も取らずに自分勝手にキューバとアメリカの国交を復興すると宣言し、自分はさっさとハワイ休暇に出かけてしまったオバマ王は、この北朝鮮による宣戦布告とも取れる脅迫に対して、これは戦闘行為というほどの大げさなものではなく、オバマ政権はそれ相応の対応をする、と言って取り合わなかった。しかもオバマ王は映画公開を中止という決断は誤りであるとソニーを批判した。

オバマ王はCNNのインタビューにおいて、ソニーには同情するとしながらも、ソニーが自分に事前に相談してくれていたら、大手映画チェーンに何をやってんだと問いただすことが出来たのに残念だと述べ、芸術的表現を自己制限すべきではないと付け加えた。

これに怒ったのはソニー。ソニーはオバマ王に事前に相談を持ち込んだが無視されたと反発した。ソニーのマイケル・りんトン会長は数日前にオバマ政権に事情を説明し、政権からの援助を求めたが無視されたとインタビューで答えている。

ハリウッドから莫大な政治献金をもらっておきながら、いざとなると全く頼りにならない。自分で見放しておいて、ソニーの決断を公に批判する。都合が悪くなると味方を見捨てるのはオバマの常套手段である。

私がオバマ王の立場にあったなら、ハワイ旅行なんぞにかまけていないで、ホワイトハウスに戻って断固たる態度をとる。CNNのインタビューなんぞやってる暇があったらホワイトハウスから直接全世界に響き渡るように演説をぶる。

「北朝鮮に警告する。我々は今回の脅迫を戦争行為と受け取る。よって将来アメリカ国内の映画館のひとつでもテロ攻撃を受けたなら、それは北朝鮮による攻撃とみなし、ピョンヤンを空爆する。これは約束である。」

そして相手が我々の警告を真剣に受けとめるよう、ピョンヤンの上空に戦闘機をマッハ速度で低空飛行させる。

オバマ王にその程度の肝っ玉が据わっていれば、アメリカが北朝鮮なんぞにここまでコケにされることはなかったのである。それを「それ相応の対応をする」だなどと情けない!

さて肝心の映画のほうだが、大手チェーンは公開を拒否したが、独立系中小劇場が公開を買って出た。またソニーはオンラインのストリームを使っての公開も試み、予定通り12月25日クリスマスの封切りを実行させた。

オバマ王はソニーが一転して映画公開に踏み切った態度を賛美した。大事なときに何もしないでおいて、何が賛美だ、ふざけんな!

ともかくソニーや独立系映画館のほうがオバマなんぞよりよっぽども腰が座ってるということだ。

ところで、この件に関して私の好きな俳優ジョージ・クルーニーが、映画会社はソニーと肩を並べてテロリストに立ち向かうべきだという署名運動を行なったが、他の映画会社の反応は鈍く、クルーニーはハリウッドの腰抜けぶりを批判した。映画会社の重役たちはクルーニーからそんな手紙をもらった覚えはないとしている。

ハリウッドはオバマ王なんぞにおべんちゃらを使っても、いざとなると見放されるのだという勉強をしただろうか?ま、先ず無理だろうね。

二日前に北朝鮮のインターネットが全面的にダウンしたという記事を友達がソーシャルメディアで紹介していた。そのコメントに「これがオバマのいう相応な対応というやつかな」というのがあった。私はもうすこしで、 「冗談でしょう、オバマにそんな甲斐性はないよ。」と書きそうになった。ソーシャルメディアにやたらなことを書くと仕事面でも影響する可能性があるので、止めておいた。

December 26, 2014, 現時間 11:09 AM | コメント (0) | トラックバック (0)

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